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2014年12月6日土曜日

you don't exist -ADR Books第1弾!-

このブログでは度々ひっぱり出してきてお馴染みの必読アンソロジー『All Due Respect』なのですが、ウェブジンのベスト選アンソロジーから定期刊行オリジナルアンソロジーへと進化したことは以前に書きました。そちらも早く読まねばと思いつつなかなか手が付けられないでいるうちに、All Due Respect Booksなどというものの刊行まで始めてしまいました。8月発行のこの作品を皮切りにすでに6冊が刊行され、All Due Respectのホームページでは代表のChris Rhatigan氏があれも出すぞ!これも出すぞ!と意気盛んです。私の英語読書力では到底追いつけない勢いですが、とにかく乗っておかねば!と、この第1弾『you don't exist』を読んでみました。

この『you don't exist』ですが、実は同一テーマの別の作家2人の2本の中編の競作という形になっています。そのテーマはというと、一人の男が旅行中、見知らぬ土地で明らかに犯罪にかかわると思われる大金を偶然手にしてしまい、それをいかに自分のものにするかと考えながら、孤立無援の中次第に強まって行く強迫観念にとらわれて行くというものです。

bleed the ghost empty/Pablo D'Stair

私はハイウェイを車で走っていた。もう何日もろくに眠っていない。いくつもの出口を示す知らない町の名が書かれた標識を通り過ぎる。だが、一向に出口など現れず、また新しい知らない町の名の標識が現れるばかりだ。どうなっているんだ?やっとさびれた小さなダイナーが付いたガソリンスタンドを見つけた。だが閉まっている。一体いつから閉まっているのかもわからない。ガソリンポンプには錠が掛かっている。自販機には見たこともない煙草が並んでいる。金を入れたら出てくるのかもわからない。待っていれば誰か来るのだろうか?だがもうガソリンも乏しい。このままではどこにも行けない。そして日が暮れて行く…。
…あそこに車が停まっている。いつから停まっているのか?中には人がいるようだ。灯りがついていて微かにラジオの音も聞こえてくる。何をしているのだ?なぜずっと停まっている?意を決して近付いてみる。道に迷った害のない旅行者を装って…。そして、車の中にあったのは男の死体と、その足元には現金の詰まったバッグだった…。

何とも、とにかくすさまじい作品でした。冒頭から延々と一人の男の語りで、なぜずっと車を走らせているのかもわからない。最初からある種の強迫観念にとらわれている語りで、むちゃくちゃに文章をつなげていくような文体で少し読むのに苦労しました。後半の方まで誰かと会話することもないので、名前もわからないし、その時に言っていることが本当なのかもわからない。現実と妄想の境も曖昧な感じ。米Amazon.comのレビューを見ていたらデヴィッド・リンチの『ロスト・ハイウェイ』を引き合いに出している人がいて、なるほどと思いました。ちょっと文学寄りの圧倒的な読み応えのあるノワール作品でした。
作者Pablo D'Stairはノワール系では初登場のようですが、いくつかの著作のある作家で、Amazon Kindleでもいくつかの作品を見ることができました。いずれも文学寄りの作品のようですが、なかなか面白そうで余裕があったら読んでみたいところ。(なかなか無いのだが…。)作者紹介によると、イギリスの方で映画業界にも関わっているようです。実力のある作家なのは確かなので、このジャンルで今後活躍して行かなくてもいずれ作品を読んでみたくなる時が来るかも。


Pessimist/Chris Rhatigan

Pullmanはダラスのモンロー空港に降り立った。ダヴェンポートで行われるコンヴェンションの会議に出席するため、ニューヨークの都市開発コンサルタント会社から派遣されてきた。彼のこれまでの人生は常に今よりも少しでも良い収入を得られる仕事に付けるよう地道な努力を続ける毎日だった。気に入らない上司にこき使われる現在のアシスタントの仕事もそのワンステップだ。いつか来る日を夢見て…。だが、まだ大学の学資ローンすらも払い終える見込みが立っていない。空港で荷物を受け取り、明日のコンベンションに備えてモーテルにチェックインする。ベッドの上に投げ出したバッグを開けてみると、そこに入っていたのは見たこともない現金の束だった…。

とことん小市民的な主人公が、空港で荷物を間違えられ手にした明らかに犯罪にかかわると思われる大金をなんとか自分のものにしようと悪戦苦闘するストーリー。姿も見えない追手に追跡されているとの疑心暗鬼に捕われながら、金を小分けにしてあちこちの金融機関に預けようとしたり。前のPablo D'Stairの作品があまりに読みにくかったのでずいぶんスラスラ読めた印象があります。一方で前の作品がかなりすごかったので少し損をしているような感じもありますが、なかなかよくできた良質なノワール作品でした。
作者Chris Rhatiganは前述の通りこのAll Due RespectのWeb時代からの代表・パブリッシャーです。その立場からAll Due Respectでは作家としてあまり前に出ることはありませんが、他のアンソロジーに作品を発表していたり、今年9月にはBeat Up Pulpから中編『Waku Up, Time to Die』を出版したりもしています。その他にも彼の以前の中編『The Kind of Friends Who Murder Each Other』が彼自身のブログDeath by Killing経由でインディー系eBookショップSmashwordsからフリーでダウンロードできます。
このような作家兼編集者・パブリッシャーというのは今のこのジャンルで多く見られます。ThuglitのTodd Robinson、Blood & TacosのJohnny Shaw、PWGのAnthony Neil Smithなど。少し前に書いたTom PittもOut of the Gutterのエディターだったり、Chris氏の盟友でAll Due Respectからの作品集の出版も予定されているAlec CizakもアンソロジーPulp Modernのエディターだったりします。その辺も私がこのあたりの動きに注目し、期待する要因の一つで、これからも可能な限り頑張ってこの動きを追っかけて行きたいと思います。


というわけで、このAll Due Respect Books第1弾『you don't exist』、なかなか手応えのある作品で、今後のこのシリーズにもかなり期待を持たせてくれるものでした。All Due Respectではこの形の競作シリーズを今後も展開して行くようで、早くも再び代表Chris Rhatigan氏の参加した『Two Bullets Solve Everything』が発表されています。また、アンソロジー『All Due Respect』もIssue 4まで発行中。早くそちらも読まねば。この辺のムーブメントの中でも特に勢いのあるパブリッシャーの一つで今後も要注目です。 


All Due Respect

Death by Killing      

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