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2016年4月10日日曜日

True Brit Grit -最新英国犯罪小説アンソロジー- 第5回

イギリスの最新の犯罪小説作家45人を集めた注目のアンソロジー『True Brit Grit』、様々な事情(主に体力を始めとする私自身の力不足…)で全5回ながら延々と引っ張ってきましたが、遂にというかやっとで最終回であります。


■A Day in the Death of Stafford Plank/Stuart Ayris

誰でも殺しについて真剣に考えたときはあるだろう。さあ、否定してみたまえ。だが、誰の中にも殺人者は潜んでいるのだ。そして、この私、Stafford Plankが殺人者となる日がやってきた。
いつものように、殺人への期待、血まみれの部屋を想像しながら目覚める。だが、今日も何一つ起こった気配はない。だが、そんな私の目の前に天使が降りてくる。”あなたは選ばれました、Stafford Plank。さあ、世界を救うのです。”
殺人に取りつかれた、狂った男の内面が、現実と幻覚の区別もつかないまま語られ続ける。作者Stuart Ayrisは1969年ロンドン東部ダゲナム生まれの作家。結構面白い作品だなと思いつつこういうのだと長編でどういうのを書くのかわかりにくいかな、と思っていたらちょっとそちらの方も謎。代表作はFrugality3部作というのがあるのだけど、どうも幻想的なミステリーのようだけど内容は今一つわかりません。うむむ、気になるけど守備範囲外のようでなかなか手が回らないかも…。

Stuart Ayrisホームページ




■The Plebitarian/Danny Hogan

ホームセンターB&Qは私が一番好きな場所だ。そしてこの私は素晴らしい町で素晴らしい家族に囲まれて暮らしている。教会に属する人々は信心深い素晴らしい人ばかりだ。だが、この町にも汚染は広がり始めている。私の愛するB&Qへ向かうにはその腐った奴らだらけの町を通って行かなければならない。まずは、最近隣に越してきたポーランド人の金の亡者Tim…。
また続いて狂った人物の内面を一人称で、という作品なのですが、主人公自体にはユーモアのかけらもなく陰惨な話なのだけど、あまりにも自己中心的だったりホームセンターに固執したりとかなり滑稽でブラックユーモア的な作品ではないかと思います。コミックでやってみたら相当強烈なブラックユーモアになると思う。郊外の町が衰退し、治安が悪化し、外国人が増えて、というのはこのアンソロジーの作品の中にもしばしば出てくるテーマ。今のイギリスの社会問題の一つなのでしょうね。Danny Hoganはロンドン東部の生まれでブライトン在住の作家。ちょっと活動が中断しているようにも見えるのだけど、3冊の著書はカバーとか結構私の好みで早く読んでみたい感じです。影響を受けた作家の中にガース・エニスの名前があったり。

Danny Hoganホームページ




■King Edward/Gerard Brennan

ところであの葉巻はどこへ行ったんだ?キング・エドワード。Vintoの結婚式で配られたやつだ。そして、そのVintoが、今俺の頭に38口径リボルバーの銃口を押し付けている…。
シンプルなワンシーンのストーリーなのだけど、葉巻というアイテムに色々な意味を持たせ、屈折点にするあたりが上手い。Gerard BrennanはBlasted HeathからThe Pointシリーズなどの作品を出しているアイルランドの作家です。多くのアンソロジーにも作品を発表し、イギリスのこのシーンでも注目されている作家のひとりでしょう。あのAkashicの都市ノワールシリーズの一冊Belfast Noirにも作品が掲載されています。

Gerard Brennanホームページ




■This is Glasgow/Steven Miscandlon

俺は奴の頭にかぶせていたバッグを取り、椅子に縛り付ける。だがこれはタランティーノ映画じゃない。頭のサイズのキャンバスバッグなんてものはなくて、角の店で買い物したときのブルーのポリ袋だ。そして俺はギャングなんかじゃない。そしてここはグラスゴーだ。野郎は駅のエスカレーターで俺の可愛い弟を突き飛ばしにやけて歩き去ったクズだ。俺にこんなことしてただで済むと思ってるのか!俺が誰だと思ってるんだ!貴様が誰だろうと関係ねえ。ここがグラスゴーだってことを分からせてやるまでだ!
作者Steven Miscandlonは90年代初めに19歳で小説を書きはじめ、94年に最初の短篇集を自費出版したちょっと天才肌なのか、検索してみたら堅いビジネス系のライターなどの商売で成功してしまっているようで、今はあまり小説は書いていない様子。その後の作品を集めた短篇集が1冊見つかっただけでした。それでも一方では、この後登場の英国女流犯罪小説期待の星Julie MorriganのMorrigan Publishingでブックデザイン、編集などを手掛けていたりと、まだこのシーンにも関わってはいるようです。このアンソロジーの中でも結構気に入ってたりする作品なので、また小説の方にも力を入れてもらいたいものだと思うのだけど。ビジネス用のを載せても仕方ないんで、ブックデザイン用のホームページのリンクを載せときました。

Steven Miscandlonホームページ




■Brit Grit/Charlie Wade

Rickの左手にはLOVEの刺青、そして指の一本無くなった右手にはHAT。「HATをBATに変えることもできるけど」刺青師は言う。「ばかばかしい、こうなっちまったらもう消すしかないだろう」とRick。「しかし何でこんなことになっちまったんだい?」そしてその顛末をRickは語り始めた…。
お分かりとは思うけど、元の刺青はLOVEとHATE。元ネタは映画『狩人の夜』でロバート・ミッチャムが入れてた有名なやつですね。ちょっとした犯罪小噺という感じの作品。こんな雰囲気のを誰かの短篇集で読んだな、と思ったんだけど思い出せませんでした。Charlie Wadeはダービシャー在住の作家。3作の著作の中ではスパイ物コメディの『The Spy With Eczema』あたりから読んでみたい感じです。

Charlie Wadeホームページ




■Five Bag Of Billy/Charlie Williams

Sparrowがバスルームから戻ると、Gavはまだ斧を研いでいた。冗談が通じる雰囲気じゃない。「奴はブツをちょろまかしてやがる。」Gavはそう主張する。直感だと。なんとかここは頭脳役である俺が穏便におさめなければ。「とにかくまず、奴の話を聞こう。俺が話す。いいな。」SparrowはGavを説得する。だが、Billyが部屋に入ってきた途端に、Gavはその頭に斧を叩きつけた…。
自分では利口でうまく立ち回っていると思っていた男が…、という話。それほどひねりのある話ではないのだけど、キャラが立っていて読ませる作品です。Charlie Williamsはウスター在住の作家。Charlie Williamsなんてあまりにもよくある名前で、検索してやっと見つけてみたら、代表作のMangleシリーズって少し前に気になって2冊ほど買っといたやつだと気が付いた。もしかしたらよくある名前で損しているのでは?ナイトクラブのドアマンRoyston Blakeが主人公というこのシリーズ、なるべく早く読んで報告いたします。ホームページは現在はないもよう。リストは短篇集と、Mangleシリーズの最初の3冊を。




■It Could Be You/Julie Morrigan

「金をよこせ。」Beggsyは跪かされ、首の後ろに銃口を突きつけられている。なんてこった。しかし、さっきまで自分のモノを咥えていた横で冷たくなって頭から血を流している女よりはましだ。アイルランド人はさらに言う。「お前が大金を手に入れたのは分かってるんだ。さっさと出せ。」
Beggsyは何故大金を手に入れ、何故それを狙われるのか。チープな犯罪が迎えるチープな結末。ちょっと先に名前が出てしまったけど、こちらがイギリス犯罪小説界期待の新女王、Julie Morriganの作品です。「女流」とは書いたけれど、アクの強いキャラクターとダーティーな言葉が飛び交うかなり強面の作風。現在2作目まで刊行中のCutterトリロジーの第1作『Cutter's Deal』は元々は何回も登場しているByker BooksのBest of British Crimeの1冊として出されたものです。作品を出している自分のMorrigan Publishingからは他の作家の刊行もあり、個人出版ながらも結構攻めに出ている様子。今後の活躍に要注目の作家です。

Julie Morriganホームページ




■No Shortcut/Howard Linskey

俺は屋上の縁に立っている。後ろ手に縛られ動くこともできない。一押しされれば200フィート下の固いコンクリートまで一直線だ。そして隣には同じ状態の4人の仲間が並ぶ。なんでこんなことになっちまったんだろう。「近道なんてないんだぞ。」親父がいつも繰り返していた言葉が俺の頭の中によみがえる…。
調子に乗ってやらかした犯罪が、結局は本職の怖い筋に発覚し、という話。教訓的な話というよりは、ドライでニヒリスティックなノワールなのでご安心を。Howard Linskeyはダーハム出身で現在はハートフォードシャー在住の作家。様々な職を転々としながら2011年デビュー長編『The Drop』を発表。こちらはテレビドラマ化もされたようですね。続くDavid Blakeシリーズ2作の後、ペンギンランダムハウスとの契約を果たし、ベストセラー作家への道を邁進中というところでしょうか。ホームページ(2014年より放置中)はそういう作家らしくなくなんかほのぼのしてて笑えます。タンポポ?

Howard Linskeyホームページ




■The Great Pretender/Ray Banks

俺たちは叩きのめされ、路上に横たわる。ああ、俺には自分が何をやったかわかってる。頭がずいぶんと朦朧としてきたが忘れちゃいない。それは先週の事だ…。
きちんとしたスーツでめかしこんで、俺たちは奴の経営する葬儀屋で奴と面会を取り付ける。行儀のよい笑顔を浮かべて俺たちを迎え入れる奴。だが俺には分かっている。奴も俺たちと同じ成りすましのイカサマ野郎だってことが…。
トリを務めるのは真打登場というところ。イギリス犯罪小説界の次代を担うRay Banksであります。これにはやられた。話が進むにつれて全体が見えてきて、最後は泣ける。私はこういう話に弱いのですよ。カーコディー、ファイフ出身の作家Ray Banks。代表作はBlasted HeathからのCal innes4部作。イギリスのみならず、このジャンルでは最も注目されている作家のひとりです。Akashic都市ノワールシリーズのケン・ブルーウン編集の『Dublin Noir』にも作品が収録されています。ホームページは映画の事ばかりだけど更新多し。

Ray Banksホームページ




うー、やっと終わった…。特になーんにも考えていない私なので、思っていたよりも大変な作業であったなどと長い道のりを振り返ってみることもないのだけど、やっぱり物理的にも時間的にも結構大変だったなと、長い道のりを振り返ってみると案外記憶も既に朧だったりするのに気付いたりするのでした。まあ、なんとかやり遂げたっス。
実はこのアンソロジー2012年発行で、最新というには少し前だったりもするのだけど、この辺に関してはそれ以前からも誰も紹介してくれないジャンルなので、あえて最新を強調させてもらいました。さすがに総勢45人ともなると中には正体不明なんて言うのもあったけど、自分としてはほとんどの作品はそれなりに楽しめる良作だったと思います。色々な作品の中で時折気付いたのは、あの今は亡き英国犯罪小説の巨匠テッド・ルイスからの強い影響。日本では『ゲット・カーター(殺しのフーガ)』1冊しか翻訳は無いのだけど、このシーンの盛り上がりとともに再評価の機運も高まり、原書Kindleなどでは手に入りやすくもなっているので、この人についてももっと読んでいきたいものだと思っています。
とりあえずは、稚拙ながらもちょっとした現代英国犯罪小説家ガイド的なものにはなったんではないかと思いますので、またこれを基にしてそれぞれの作家についても深く探って行きたいと思っております。次回はこれの完成を個人的に勝手に記念しまして、編者のひとりであるPaul D. Brazillの『Guns Of Brixton』について語ってみようと思っています。

●True Brit Grit全収録作
1. Two Fingers of Noir by Alan Griffiths
2. Eat Shit by Tony Black
3. Baby Face And Irn Bru by Allan Guthrie
4. Pretty Hot T’Ing by Adrian Magson
5. Black Betty by Sheila Quigley
6. Payback: With Interest by Matt Hilton
7. Looking for Jamie by Iain Rowan
8. Stones in Me Pocket by Nigel Bird
9. The Catch and The Fall by Luke Block
10. A Long Time Coming by Paul Grzegorzek
11. Loose Ends by Gary Dobbs
12. Graduation Day by Malcolm Holt
13. Cry Baby by Victoria Watson
14. The Savage World of Men by Richard Godwin
15. Hard Boiled Poem (a mystery) by Alan Savage
16. A Dirty Job by Sue Harding
17. Stay Free by Nick Quantrill
18. The Best Days of My Life by Steven Porter
19. Hanging Stanley by Jason Michel
20. The Wrong Place to Die by Nick Triplow
21. Coffin Boy by Nick Mott
22. Meat Is Murder by Colin Graham
23. Adult Education by Graham Smith
24. A Public Service by Col Bury
25. Hero by Pete Sortwell
26. Snapshots by Paul D Brazill
27. Smoked by Luca Veste
28. Geraldine by Andy Rivers
29. A Minimum of Reason by Nick Boldock
30. Dope on a Rope by Darren Sant
31. A Speck of Dust by David Barber
32. Hard Times by Ian Ayris
33. Never Ending by McDroll
34. Imagining by Ben Cheetham
35. Escalator by Jim Hilton
36. Faces by Frank Duffy
37. A Day In The Death Of Stafford Plank by Stuart Ayris
38. The Plebitarian by Danny Hogan
39. King Edward by Gerard Brennan
40. This Is Glasgow by Steven Miscandlon
41. Brit Grit by Charlie Wade
42. Five Bags Of Billy by Charlie Williams
43. It Could Be You by Julie Morrigan
44. No Shortcuts by Howard Linskey
45. The Great Pretender by Ray Banks



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