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2018年12月20日木曜日

パスカル・ガルニエ / パンダの理論 -珠玉のフレンチ・ノワール-

今回はフランス暗黒小説、パスカル・ガルニエの『パンダの理論』。翻訳作品です。これまで翻訳物は、おまけ的にやってきたのだけど、昨今の遅れから、またそれをやってるうちに更新が遅れてしまうのも何なので、とりあえずはそっちの方も外に出して、こんな感じでやって行きます。
さてまずこの作品に私がいかにして出会ったかというと、しばらく前のことになるのだけど、かのエイドリアン・マッキンティ先輩のTwitterから。
「おめーら、パスカル・ガルニエ読めよ。モテるぞ!」
…と、正確にも不正確にもそんな内容ではなかったと思うけど、もう私の脳内ではマッキンティ先輩はそういうキャラになってしまってるので…。
「えっ、そんな人全然知らなかったっす。フランスの方っすか?先輩のおススメなら絶対読んでみるっすよ!あっしも先輩みたいにモテモテになりたいっす!」
とただちにチェック。英訳版ならなんとかなるかなあ、と調べてたところ、なんと翻訳が1冊出てるじゃないですか!というわけで読んでみたのがこの『パンダの理論』なのです。
こちらの作品、本国フランスでの出版は2008年。日本では近代文藝社から2017年の1月に翻訳出版されている。…のだが、どうも今のところはあんまり売れてなさそう…。私が前にアマゾンで見てた頃には、これを見た人は他に…、ってところには黒柳徹子さんのパンダの本や、パンダの図鑑らしきやつ、これを見た後にはこんな商品が買われてます、とか言うところではその手の心温まるパンダ本とシャープペンの芯とか…。なんか今日見に行ったらもはや何にも表示されずひたすら広い空間が広がっているのだが…。えー、オレ一冊買ったじゃん。あっ、そうか、ワシ以外の人にはワシの買ったものとかが表示されてるのかな?Kindle無料でただちに入手したえっちっぽいマンガとか…。まあもしかしたらフランス文学専門店とかどこかにあるユートピアではテラフォーマーズの最新刊もぶっちぎるぐらいの勢いで売れてるのかもしれないが、ともかく少なくともアマゾン的にはあまり売れてなさそうなのは確か。いや、それはいかんだろうということで、私がプッシュしようと立ち上がったのである!いやまあ…、近代文藝社さんから見れば、こんな奴にプッシュされても有難迷惑も甚だしいかもしれんが、一旦出版されてしまえば誰に何を言われるかわからんのは世の常。場合によっては、マーク・グリーニーに比べればとか、スケールが小さいとか、あの辺がピークだったので終わってよかったのである、などの本当に心無いことを適当に書かれることだってあるのだ。それに比べれば、少なくとも私はこの本に大変感銘を受けているので、基本的には褒めるから。まあ、通勤途上で出前の原付にぶつけられちゃったぐらいに思って、諦めてもらうしかないですな。というわけでパスカル・ガルニエ『パンダの理論』です。

■パンダの理論

男はブルゴーニュ地方の小さな駅に降り立つ。十月のある金曜日。夕方。ただ一人で。駅に人影はない。

男の名はガブリエル。何のためにこの町を訪れたのかはわからない。彼は町のホテルに投宿し、そこから少しずつその町にいる人々と交わりを持って行く。

町の小さなレストランの店主。入院中の妻の容態に心を痛め、妻の母親に預けた子供たちを心配している。店は開けているが、心労で料理を作る気力がなく、開店休業状態だ。
ホテルのフロントの若い女性。孤独な彼女は、ガブリエルとのつながりを求めてくる。
同じホテルに滞在しているカップル。この町に住む病院のベッドで死を待つ父親の許を訪れた男と、その愛人。

ガブリエルは彼らに卓越した腕で料理をふるまい、そして彼らの「不幸」に寄り添い、人々を癒して行く。そして誰もがガブリエルに信頼を寄せ、愛情を抱いて行くが…。


この男が何者なのか、いったいなぜこの町に来たのかも一切語られないまま、物語は進み、読者はこの奇妙な男の行動を追って行くことになる。クッキング・パパ的行動で人々を優しく励まし続けるが、一定の線を越えるまで自分自身の内面に触れさせることは避け続けているように見える。静かな、という調子で語られるこの奇妙な親切な男の物語だが、時折、非常に断片的な彼の過去が物語の合間に挟まれて行く。大変暗く、不穏で、何人もの死にも立ち会っていることもうかがわれる。そしてそれらがこの優しい男の静かな物語に、暗く、不穏な影を落とし続ける。だが実はこれらの断片は最後までパズルのピースのように組み立てられることはなく、最後までガブリエルが何者だったのかをはっきりと知ることはできない。しかし、終盤になり、ある決定的な断片が姿を現し、読者はそれぞれの断片の配置もはっきりしないままにおぼろげな形の核となるものを知る。彼の失ったもの。彼の悲しみ。絶望。そしてそれらがその後の彼の行動につながって行く。彼のそれまでの行動と全く矛盾しない地続きのままに…。そして我らは、彼がそのあまりにも深い悲しみと絶望の谺の中を歩いていたことを知るのである。

タイトル『パンダの理論』のパンダは、まだ序盤のあたりでガブリエルが町のお祭りの射的でゲットする大きなパンダのぬいぐるみに由来する。そのパンダが登場するシーンがオビにも書かれているので、ここでちょいと引用させてもらいます。

アザラシの毛でも敷いたみたいに、歩道は光っていた。
夜、雨が降ろうが降るまいが、街の空は黄色だ。
ガブリエルは手にしたぬいぐるみをごみ容器の蓋の上に置いた。
誰でも拾ってくれる人に手を広げ、安心しきって、幸せそうな表情のパンダを。
(中原毅志・訳)

こんな美しい文章で語られる「パンダの理論」が物語を何処へ導くのか?そりゃあ読まなきゃいかんじゃろ。

まあここまで書いてくれば大抵の人は察しはついてるだろうけど、わかんない人のために念のために言っとくけど、この作品一応ミステリジャンルには属しているようだけど、まあかなり「文学」寄りの作品である。謎解きもトリックも一切ないし、前述の通り、主人公ガブリエルの過去の断片も並べ直し、再構成してこれがこうしてこうなったと明確に分かるものではない。と、そういうものを求める人には向いてないという注意で書いてみたが、現実に何でもかんでも前の文のような基準で判断し、前の文まんまで書いて自信満々に「批判」しているバカもホントに後を絶たないよね。「ミステリ」なんちゅうもんの読者の世界では、さる高名な評論家が明言していたように、「純文学乗り」であることが「いちゃもんをつけ」る理由になるのが当然のことのようだしね。もう「ミステリ」ファンお断りぐらいでいいか。どーせ、フランスっちゅうことで「ピエール・ルメートルに比べれば」みたいなこと言い出すのが出てくるのが関の山だしな。…と、いつの間にか結局こーなっちまってるし…。こーゆー奴は読むな、とか言ってちゃプッシュにもなんねえよな…。あ、そうだ、なんかハードボイルドが好きな人にアピールするらしいのがあるから一応やっとこうか。えーっと、パンダのぬいぐるみがホークで、レストランの親父がスーザンね。なんかハードボイルド好きな人にはこの指定が効くらしいよ。んー…、近代文藝社さん、ごめん…。せっかくいい本出したのにね。

パスカル・ガルニエさんに関しては、こちらの本の解説を丸写しで。青少年向けのノベルを書く一方で、この手のノワール小説を書き続けたとのこと。2010年に亡くなっているそうで本当に残念なことです。かくして作者の死後ながらやっと日本にも紹介された素晴らしいパスカル・ガルニエ作品だが、やっぱ他の作品が続いて出るのは果てしなく難しそうか…。しかし、安心されよ、このパスカル・ガルニエ作品、英語では結構沢山翻訳されている。(全部かどうかは不明。)しかも現在はそれらの3作ぐらいずつをまとめたお得な合本が3冊も出ているのだ!さあ皆の衆、パスカル・ガルニエを読み給え。あっしもお陰でモテ度が2パーセントぐらい上がったでゲスよ。マイナス500%がマイナス498%ぐらいに!ありがとう、マッキンティ先輩!
しかしなんだよね、こんないいのを読んじゃうと、フランス本国の方にはこういうヤバいノワールが山ほどあるんじゃないかと期待してしまう。何しろジム・トンプスンを見出した国だし、オイラはボリス・ヴィアン=バーノン・サリヴァンの『墓に唾をかけろ』をオールタイムベストいくつかに入れてたりするものだしな。更に言やあまた一つのコミック大国でもあるわけで、日本じゃあフランスのコミックについて語る人は、とかく「バンド・デシネは芸術である」ばっかなんだけど、こっちは芸術じゃねーのも読みたいんだよって人なのである。うーん、超初歩の段階で錆び付いたままのフランス語を起動すべき時か?とか思うけど、英語で読めるもんも山どころか大陸ぐらいあるという始末で…。うむむ、いつの日にかはどっかの何かにたどり着くのだ、と心に抱きつつ精進を重ねるしかないのじゃ。

さて今回何度も名前が出てきてるマッキンティ先輩だが、先輩の絶対に面白いに決まってるショーン・ダフィシリーズ第2作『サイレンズ・イン。ザ・ストリート』が早川書房からとうに出版されているのは皆の衆もご存じのことであろう。だが…、まだこれが読めてないのだ、実は…。なんか色々ゴタゴタしていてなかなか手を付けられないでいるうちに、うっかり洋書の方で某大作を読み始めてしまい、しばらくは読書時間の大半をここにつぎ込まねばならない、という事態になっており、そっち読み始められるのはそれを読み終わった年明けぐらいか?ということになってしまっておる。いや、誠に申し訳ない。先輩にも合わす顔がないっすよ。だがちゃんと読んだ暁にはなるべく早い機会にそちらについてもちゃんとした感想を書く予定であります。いや、第1作の時はとにかく出たのが嬉しくて浮かれて、ちょいと粗雑な感想だったかもと反省もしているので。ああ、そっちの大作の方もなるべく早くな。ワシ、遂にアレ読んじゃったぞ!(まだ途中だけど…。)
などとモタモタしているうちにもう年末、例のなんかがすごいとかすごくないとかいうのも出る時期になってしまった。どーでもいいけど一応見とこうかな、と本屋でパラパラ見てみたところ、案の定マッキンティ先輩の超傑作が三十何位とか。まあどうせ「読書のプロ」の選んだランキングなんてこんなものだろ。あの辺じゃあハードボイルド読みなんて壊滅しとるしな。ショーン・ダフィも4作目以降は原書で読むしかねえんだろうな、ケッ。とふてくされてたが、なんかふてくされてばかりもいられないんじゃ、と思い始めたり。延々と続くこの惨状を見るにつけ、もしやこのままでは次世代のハードボイルド読みは現れないのでは、と心配になってくる。今や日本の若人が「ハードボイルドとか読んでみようかな。」とか思いついても指針となるものが全くないのではないか。うっかりヤプー知恵袋とか言うところに「おススメのハードボイルドを教えてください」とか書き込んだ罪もない若者がマッチョ説教家畜人の手により『初秋』とか押し付けられて、「こんなクソつまらねーのしかないならもう一生ハードボイルドなんて読まなくていいや。」とかいうことになる次世代ハードボイルド読みの芽を潰すばかりの惨事が日々繰り返されているのではないか。ここは日本で絶滅が危惧されている真性ハードボイルド/ノワールバカの数少ない生き残りである私の手により、21世紀ハードボイルド名作リストくらいのものを早急に作っておく必要がある!だって誰もやってくんないじゃん。オレ勝手にやっちゃうかんね。とは言ったものの、そろそろコミックのことも書かねばならず、まあボチボチという感じでしか進まなそうだが、何とか正月休みなども活用しつつ、そっちと並行しつつ、年明け早いぐらいの時期までには発表するのでお楽しみに。いや、あんたがお楽しみにしなくても勝手にやる!そんなわけでこれからちょっと忙しいので今回はこの辺で終わります。さいなら。



■パスカル・ガルニエ/パンダの理論

■パスカル・ガルニエ英訳版

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2018年12月2日日曜日

Polis Books新世代ハードボイルド探偵シリーズ特集 #2 -Dave White / The Evil That Men Do-

前回に続きましてPolis Books特集、第2回はDave WhiteのJackson Donneシリーズ第2作『The Evil That Men Do』です。前回のAlex SeguraのPete Fernandez同様、20代くらいのニュージャージーの若き私立探偵。元警官なのだが、潜入捜査中ある問題を起こし、警察署内全体を敵に回す形で辞職。この辺は前回は書いてなかったけど、このくらいまではバラしちゃってもいいか。そして私立探偵事務所を立ち上げるが、警察の方からはかなり恨まれていて、チャンスがあれば何時でも潰そうぐらいに思われている。特に元相棒Bill Martinからの怨恨は深い。なかなかうまくいかない私立探偵稼業に見限りをつけ、大学への復学を考えている。という状況から始まったのが前作、Jackson Donneシリーズ第1作『When One Man Dies』。そして、前作では年長の元俳優の友人の殺害事件を調査しているうちに、ニュージャージーに巣食う闇に巻き込まれ、その中で絶好のチャンスと待ち構えていたBill Martinに私立探偵免許も取り上げられてしまう。事件は解決し、ひとつの真相にはたどり着いたものの、あまりにも多くのものを失い、そしてまた一つ心に深い傷を負ったJackson Donne。現在は大学への復学への意欲も失い、夜警の仕事で家賃と酒代を賄っている。というところでこの第2作は始まります。

■The Evil That Men Do
無気力になり、ただその日を漫然と暮らしているだけになっているDonneのアパートを、姉Susanが訪ねてくる。遠く離れて暮らしているわけではないが、様々なわだかまりにより家族と距離を置いているDonne。姉の顔を見るのも随分と久しぶりになっている。
「母さんがもう長くはないわ…。」
かなりの歳になってからSusanとJacksonを生んだ母。高齢でアルツハイマーを発症し、入院しているということだ。
「母さんがずっと私たちが聞いたこともないことを話しているの。母さんのお父さん、私たちのお祖父さんについて…。本当なのかわからない、でもあなたなら…。あなたは探偵でしょう。」
俺はもう探偵じゃない。できることなんて無いんだ。俺は忙しいんだ、もう帰ってくれ。
「お願い、助けてよ。母さんはもうそのことしか話さない…。お祖父さんは殺されたって…。」
だがDonneの心は動かない。今更俺に何ができるっていうんだ…。

シリーズ第2作は、こうしてDonneの家族が関わる事件として始まって行く。そして、実はこの始まりの前に短いプロローグがあり、そこではSusanがDonneに調べてくれと持ち掛けた彼らの祖父、Joe Tenantを主人公とする物語が始まっている。

-1938年-
埠頭ではしけの船頭として働くJoe Tenantは、ある夜勤明けの朝、海岸でギャングと思しき男たちが一人の男を殺害する現場を目撃する。そして彼はそこからニュージャージーの政財界の陰に潜む暗黒に、愛する家族もろとも巻き込まれて行くことになる…。

今作では現代のDonneの物語の合間に、度々この1938年の祖父Joe Tenantの物語が挟まれる形で展開して行くことになる。

そして一方、現代のDonne。
Donneの倉庫での夜警の仕事の最中、Susanの夫Franklinが訪ねてくる。地元では有数の資産家の息子で、Susan、Donneとも同じ学校に通っていた幼馴染とも言うべき間柄だが、子供の頃からDonneとはそりが合わない。現在も近郊に数件のレストランを経営する事業家だ。
「姉さんを助けてやれ。」
そしてFranklinはポケットから小切手帳を取り出す。
「お前の料金は幾らだ。」

こうしてDonneは今回の事件に関わって行くことになる。
一方、この義兄Franklinは時を同じくし、謎の人物から脅迫を受け、法外な額の金を要求されていた。やがてそれは彼のレストランの一つの爆破という現実の脅威となり、更に彼自身の身を危機にさらす事態へと発展して行く。思いがけぬ様相を呈してきた家族の事件に、Donneも巻き込まれて行くことになる。そして、その事件は病床の母がうわごとのように語る過去に祖父が巻き込まれた事件に端を発するものであることが見え始め、家族の一人であるDonneも当事者として関わらざるを得ないことになってくる…。

第1作『When One Man Dies』では、しきりに破滅型を強調していたJackson Donneなのですが、今作では事件を通じて失われかけていた家族とのつながりを取り戻す、という前向きな方向に。前作ですべてを失い、無気力になっていた今作の始まりから考えると、立ち直り、再生といった物語となって行きます。しかしながら、この先からは少しななめ読みしたぐらいのレビューからも、苦難の破滅型としての道を歩いてゆくことがうかがわれたりするのですが。少し例外的な初期方向性に迷ってたあたりの作品なのかもしれません。とか言ってると何か失敗してる作品のように聞こえてしまうかもしれないが、別にそういうことではないのだけどね。
前作について以前書いた時、自分でも珍妙なこと言ってるな、と思いながら、この作品はミステリだから、としきりに強調していたのですが、この第2作を読んでやっとわかった。要するに第1作は構成やらテンポやらがあまり上手くなかったのだ…。戻って1作目について説明すると、かなり偶然の一致としては不自然というようなことが続き、それは最後ではそれぞれに必然であったことがわかるし、そこでタイトル『When One Man Dies』の意味が響いたりもするのだけど、どうも当の主人公Donneがそれをあまり不自然に思わないまま話が進んで行く感じがあり、それが理由で途中でぶん投げられたりしないだろうか、というのが心配になりちょっと珍妙な但し書きを連発してしまったというわけなのですよ。最後まで読んでみると、結構ロス・マクドナルドかも、みたいな感じもあり、そりゃもったいないだろ、ちゃんと最後まで読んでよね、という気持ちが強く表れたというようなものなのでした。しかしまあ、この第2作を読んでみて結局そういうのって色んな所があまり上手くないところから見えるスキなのだな、と気付いたり。ホントのところ言っちゃうと、今作では過去と現在をつなげるというところがちょっと強引なところもあったりもするのだけど、読んでる間はそんな無粋なツッコミを入れる気にならないぐらいにサスペンスで引っ張って行きます。いや~Whiteさん腕上がったじゃん。何度でも繰り返して言うが、第1作はそんなちょっとした欠陥があっても読むべき価値のある作品であり、そしてこの第2作は勢いのある展開で引っ張り、見せ場のアクションシーンの舞台仕立てなんかも1作目同様に上手い。さあますます腕も上がって先も楽しみなDave White、Jackson Donneシリーズ!読まなきゃ損だよん。

Jackson Donneシリーズは現在まで5作が発表されており、最新作は昨年出版の『Blind to Sin』。今作『The Evil That Men Do』は、2008年に一旦出版された後、しばらくの雌伏期を挟み、2014年に第1作『When One Man Dies』とともにPolis Booksより再リリース。そして翌2015年からシリーズも本格再開され、以後年1作ペースで出版されてきたが、今年はお休み。しかしご心配召されるな。ご覧のようにここまでも苦節を重ねながらも続けられてきたシリーズ、多少のインターバルはあってもまたすぐに戻ってきてくれるはず。それにしても最新作『Blind to Sin』のあらすじの最初辺りをちょこっとカンニングしてみたところ、その第5作ではDonneは遂に刑務所で懲役を務めているらしい。いやはやDonneさんも今後はかなりの茨の道を進むことになるようですね。
作者Dave Whiteについては第1作の時に書いたので…、とちょっと手を抜かせてもらおう。まあ相変わらずニュージャージー在住で、Rutgersとバスケットボールをこよなく愛するナイスガイ。よくわからないのだけど、まだ学校の先生は続けてるんじゃないかと思う。
Dave Whiteのホームページ、いつの間にかリニューアルされてて、URLも変わってたので、新しいのをリンクしときます。長編のリストには、前作の時に内容不明のままちょっと書いた「幻」の第1作『Borrowed Trouble』もとりあえずそのまま載っけています。でも多分これがこのままの形で復刊することはないのではないかなと思うけど。短編の方は、前回の時以前のDave Whiteのホームページに載ってたのを写してきたやつなのだけど、一部はリンクが無くなっちゃっていました。多分これは以前のホームページにあったやつかな?あと、Jackson Donneシリーズは最近お得な1~3作合本も出ています。

Dave Whiteホームページ

■Dave White / Jackson Donneシリーズ
●長編

  1. Borrowed Trouble (2001; Rutgers; 絶版)
  2. When One Man Dies (2007)
  3. The Evil That Men Do (2008)
  4. Not Even Past (2015)
  5. An Empty Hell (2016)
  6. Blind to Sin (2017)
●短編
  • God Bless the Child (March 2000, The Thrilling Detective Website)
  • More Sinned Against(March 2002, HandHeldCrime.com--UPDATED, Reprinted at David White's Official Website, May 2005)
  • Closure (Autumn/Winter 2002, The Thrilling Detective Website./Winner of the Derringer Award for Best Short Story of 2002.)
  • Get Miles Away (Summer 2003 The Thrilling Detective Website.)
  • God's Dice (Spring 2004 The Thrilling Detective Website.)
  • Darkness on the Edge of Town (Summer 2004 The Thrilling Detective Website.)
  • Reptile Smile (February 2005 Shred of Evidence.)
  • My Father's Gun (2006, Damn Near Dead: An Anthology of Geezer Noir)
●その他
  • Shallow Grave: A Pete Fernandez/Jackson Donne Joint (2017) Alex Seguraとの共作


さて、2回に分けてモタモタとやってきたPolis Books新世代ハードボイルド探偵シリーズ特集もようやっと一区切りなのですが、まあ何とかやっとそのうちの2人目を読めたというところ。時々名前を挙げている仲良しグループ第3の男Rob Hartについても一日も早く読まねばと思うばかりです。ホント読みたい本は尽きず、結局数パーセント読めたぐらいのところでワシも寿命が尽きるのじゃろうな。トホホ。
ところでここでまた持ち出してきた新世代ハードボイルドについては、またちょっと書いておこう。なんか活きのいい若手の探偵ぞろぞろ出てきたじゃん、と嬉しくなってぶち上げてみたのだが、なんかさあ、結局これって日本のみの感覚なのだよね、と気付いた。なんかよう、若手とか言ってみたけど、まあこん位の歳のハードボイルド私立探偵なんてアメリカのハードボイルド・リーグじゃ普通だろ。ところが日本じゃ中年以上の探偵ばかりが人気なのか、もうそう決めつけて「ハードボイルド探偵と言えば中年の独身男と相場が決まってる。」ぐらいのこと断言する奴そこら中にいるし、かつてはハードボイルドは40過ぎじゃないと書けないぐらいのこと言ってた先生もいたわけだしね。実際には日本だって若手の探偵だって紹介されてきたが、ほとんどがそういう連中に無視されてきただけ。ホントにトラヴィス・マッギーなんてやっと半分ぐらいが翻訳されてて、それもかなり昔にほぼ絶版でしょう。図書館とかでやっと見つけたのを読んでたけど、順番出鱈目になってる上にもうどれ読んでてどれ読んでないのかわからない始末。アメリカンから見たら私なんぞ、お前トラヴィス・マッギーもちゃんと読んでなくてハの字語ってんのかい?って笑い物もいいとこかもしんない。ロバート・クレイスだってあれほどアメリカで大人気のハードボイルドっすよ!って言って何度出しても無視されるしね。なんと悲惨な国だ。そんな狭量な認識で「ハードボイルドとは何ぞや」とか別に一切結論が出る見込みもないいらんことを考えた挙句にこじらせて、「現代に於いてはハードボイルド探偵などというものはパロディとしてしか存在し得ない。」みたいなたわごとにたどり着いたりな。そんな救いもない国でいつの間にか歪んだ思想を刷り込まれていた私をも含めたかわいそうな人々以外には、このくらいの歳の探偵は普通なのだろう。実際20代30代ぐらいの方が当たり前に体も動くのだしね。最近でホントに若い探偵として書かれたのは、Ray Banks先生のマンチェスターのアニキ、Cal Innesぐらいのところかもしれない。じゃあどうなの?そっちがフツーなら「新世代」とかいうほどのことじゃ無いんじゃないの?と言われれば、ん~まあそうっすね、というところなのだけど。でもさあ、このPolis Booksの仲良しグループ見てるとさあ、こっからオレたちの新しいハードボイルド打ち出してくんだぜ、って感じの気概が伝わってきてさあ、新世代ぐらいに言って応援してやりたくなるじゃないの。我々みたいにか細くしか入ってこないものを思い込みで捻じ曲げて伝えられるんじゃなく、奴らは好きなものを読んで育ち、そして今はまっすぐにオレのハードボイルドを清々しく書いとるんだよ。よーし、お前らは新世代ハードボイルドだぜ。誰が何と言おうとワシはこいつらを応援すっからね!

ということで今回はこれまで、というところですが最後に文中でもぼやいていた、トラヴィス・マッギーも与えられなかった我が同輩の皆様に、ちょっとお手頃なのを紹介しときます。英国からの1~3巻、4~6巻の合本2冊。こちらの第2集の第4作辺りからは早くも未訳なのではなかったかな?私も前からマッギーぐらいはちゃんと読んどかなければと、モタモタとやっと1作目『The Deep Blue Goodbye』(邦訳題:濃紺のさよなら ハヤカワ・ポケミスより)を読んだぐらいなのですが、前述の通り結構前にかなり雑な感じでしか読めなかったので、読んだやつも含めて一から順に読んで行くつもりです。しかしながら、残念なことにこのお手頃価格の合本シリーズかなり前から続きの出る気配はなく第2集で打ち止めのようで、その先はいつまでたってもちょっとお高い米Random House版で読んでくしかなさそうですね。しかしこれずっとBlack Lizardから出てたと思ってたのだけど…、と調べてみたらBlack LizardがKnopf傘下でさらにその上がPenguin Random Houseなのか。で、いまは親のそのまた親のところから出てるわけね。え~い、ややこしい!もうどうでもいいわっ!昔は合本以外のシリーズももう少しお手頃価格で英国版が出てたのだけど、今は日本からは買えないようです。しかしまあ、そこまでたどり着くのもまだ先か。その時に考えて、その時になんかなと思いつつ高いの買えばいいか…。古くは、本格・通俗って何?え?ハメット-チャンドラー-ロスマク以外全部通俗なの?みたいな雑な分類に始まり、マッギーも含む多くの作品を粗雑に扱っているうちに、「ハードボイルドとはマッチョ説教と認めたり」な勢力が横行の挙句、ハードボイルドについて語る奴なんていなくなった留守宅で、未来にも新しい作品にも全く展望のないノワール原理主義者が我が物顔をしてしまうような救いのない日本のハードボイルド言説の歴史と現状。もう日本のハードボイルド言説に夜明けなんて来ないんでしょうかねえ、天国の小鷹信光大先生。内藤陳大師匠。我らはそんな一切合切をとっととトイレに流し、蓋をして、一旦はトラヴィス・マッギーまでさかのぼりつつ、「新世代」とかも読んで、正しい新たなハードボイルドの道を見つめるのだ!


●関連記事

Dave White / When One Man Dies -新世代ハードボイルド Jackson Donneシリーズ第1作-

Polis Books新世代ハードボイルド探偵シリーズ特集 #1 -Alex Segura / Silent City-



■Dave White / Jackson Donneシリーズ
●長編

■その他のDave Whiteの著作

■トラヴィス・マッギー

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2018年11月7日水曜日

Polis Books新世代ハードボイルド探偵シリーズ特集 #1 -Alex Segura / Silent City-

なんだかずいぶん前にDave WhiteのJackson Donneシリーズ第1作『When One Man Dies』について書いて、「新世代ハードボイルド」とぶち上げたものの、結局読むのも書くのも遅くて永らく放置が続いてしまったのだが、Dave Whiteを始めとするPolis Booksのイカす面々については一日たりとも忘れたことはないのだ。そして遂に今回、随分前に読んだのだけどなかなか書けなかったアレと、アレとアレとアレの次こそは読むぞ、の繰り返しの後、遂に読んだアレの2作について書く時がやってきたのであります。というわけでPolis Booksの2大PIシリーズ、Alex SeguraのPete Fernandezシリーズ第1作『Silent City』と、Dave WhiteのJackson Donneシリーズ第2作『The Evil That Men Do』の2作をPolis Books特集として今回と次回の2回(まあ事情により延長の場合もあり)で紹介してまいります。まず今回は初登場のAlex Segura『Silent City』から。

Silent City / Alex Segura

マイアミの私立探偵Pete Fernandezシリーズ第1作なのですが、初登場のこの作品ではPete Fernandezはまだ探偵ではありません。地元マイアミの生まれで、父親は警察官。キューバ系ではあるけど、アメリカ生まれでそちらの言葉は話せず、キューバ系コミュニティともあまり接触のないまま育つ。大学卒業後、ジャーナリズムの道へと進み、早々にスポーツ関連のスクープを掴み、ニュージャージーの新聞社に勤める。が、その後はマスコミ業界の流れにもまれ、鳴かず飛ばずでくすぶり続けているうちに既に警官を引退していた父が亡くなり、一緒に一旦はマイアミを出た婚約者Emilyとともに故郷に戻る。そしてそのままマイアミにとどまり、地元の新聞社マイアミ・タイムスで編集者として働いている。というのがこの第1作が始まったところでの主人公Pete Fernandezの状況。
初登場のPeteは、まだ20代ながら、かなり酒に溺れ、無気力にやさぐれた青年として現れる。かつての婚約者EmilyもPeteを見限り、他の男と暮らしている。辛うじて新聞社に仕事はあるが、記者ではなく、編集者。生活も荒れる一方で、上司との折り合いも悪く、何とか職にとどまっているところ。唯一Peteを見捨てていないのは、同じ新聞社に勤める大学時代からの親友Mike。酔いつぶれたPeteを毎度のようにバーから回収し、連れ帰ってくれる。

いつものように二日酔いの頭を抱えながら、夕刻朝刊のシフトに少し遅れながら出社したPete。締め切りの迫るころ、Peteのデスクに一人の男が近づいてくる。マイアミタイムスの看板コラムニストChaz Bentley。盛りを過ぎ、現在は名誉職のような状態で社にとどまっているが、それでも有名人だ。スポーツ欄担当のPeteとは無縁の存在で、これまでも言葉も交わしたこともないのだが…。

「君のことは聞いているよ、Pete Fernandez。頼みがある。娘が行方不明になっているんだ。探してもらえないだろうか。」

彼の娘Kathyは、同じくマイアミタイムスに勤め、社会部の記者をやっている。一応、Peteも共通の友人を通じ面識はある。だが、なぜ俺に…?

仕事の終わった後、詳しく話を聞くために、Peteは指定されたバーを訪れる。だが、俺は警官でも、探偵でも、今は調査担当の記者ですらない。ただKathyと少し面識があるくらいだ。なんで彼は俺にそんなことを頼むのだ?なぜ俺がそんなことをやらなきゃならないんだ?釈然としないまま、Chazの話を聞くPete。
Chazの妻、Kathyの母親はすでに亡くなり、親子の折り合いは悪く、娘は別に暮らしている。電話をかけても取らず、何日も連絡も取れないこともしばしばだ。数日会社を休むこともあるだろう。だが今回は何かがおかしい。しかし娘ももう成人であり、このくらいの段階では警察もまだ失踪とも認めず、取り合ってくれない。他に頼めそうな人間は思いつかなかったんだ。頼む!手遅れにならぬうちに娘を捜してくれ!

気乗りはしないまま、とりあえず調べてみると返答するPete。そして彼は恐るべき事件に巻き込まれて行くこととなる…。

実は物語冒頭、プロローグで、Kathyが何者かの部屋に押し入られ誘拐される、というシーンが描かれており、我々読者はすでに彼女に事件が起こっていることを知っている。何が起こっているかわからないまま調査を始めたPeteも、少なくとも彼女が自発的に姿を隠しているのではないのではないかという疑いを抱き始める。Kathyが調査していた事件の中に手掛かりがあるのではないかと探り始めたPeteは、彼女のPCの中に、何年も昔から噂だけは聞こえるが、その存在すら確認されていない謎の殺し屋"Silent Death"に関する進行中の調査ファイルを見つける。更にPeteは、亡くなった彼の父が引退後もこだわり続け、退職時に警察からコピーして持ち出した未解決事件の書類の中にも同じ名前を見つける。Silent Death。見えない因縁に導かれるように、その名に出会ったPete。そして彼は、やがてその恐るべき殺人者との対峙を余儀なくされて行く…。

酒に溺れ、ちょっと負け犬然として登場するPete Fernandez。だが実は彼には、多くの負け犬ヒーローのようなそれまでの人生を破壊してしまうような事件を過去に持つわけではない。思い通りに進まない自分の人生に拗ねてふてくされているうちに婚約者にも愛想を尽かされ、ますます自暴自棄に酒に溺れるようになったというところだろう。こんな奴はアメリカまでいかなくてもそこら中にいる、ちょいとやさぐれた負け犬予備軍ぐらいかもしれない。なんだか等身大ヒーローみたいな言葉も浮かぶ。ただ日本ではこの「等身大」や「普通」みたいのがやたら好まれているようだけど、その一方でその「等身大」基準がひどすぎて日本のエンタテインメントのあちこちで大変魅力の乏しいものが作られてる気がするのだけど。まあ、みんなそんなのが好きならまあいいか、勝手にしてくれ。ただ、なんだかTVで見たリアクション芸人とやらのドタバタこそがリアルだというような考えで、「ハートボイルド」、「ソフトボイルド」なんて劣化便乗商売に乗り出すヌケ作が現れた日にゃあ、もう全力で罵倒すっからね。
さて、Pete Fernandezである。最初は気乗りしないまま引き受けた話だったが、Kathyが危機にあり、助けもないことを知ってからは、見捨てておけないという正義感に駆られ、周囲からの制止も聞かず事件にのめり込んで行く。そして自分のみならず、周囲をも巻き込む取り返しのつかない結果を迎える。甘っちょろい自己過信と、自分の非力さに打ちのめされるPete。だが彼はそのどん底から立ち上がり、圧倒的な恐怖をまき散らす伝説の暗殺者Silent Deathへと再び戦いを挑んで行く。打ちのめされた自分を取り戻すために。
これは負け犬再生の物語である。等身大の、我々の誰もがなれそうな負け犬の、無力感、敗北感、そして恐怖は自分のことのようによくわかる。そして負けたまま引き下がることを誰も非難しないどころか、誰もがそれが正しいことだと諭す。だが奴はもう一度立ち上がるのだよ。自分が負け犬で終わらないために。腕力を背景に体育会系正論説教ぶん回すマッチョが嫌いだからだって、へなちょこあるあるで安心したいわけじゃない。こういう「普通の男」の「無謀な蛮勇」こそ、自分もできればそうありたいと共感、応援できるものじゃないのかい。
物語の最後で、Peteは私立探偵免許を取るつもりであることを告げる。何故彼が私立探偵になることを選んだのか理解できない、という人もいるかもしれない。だが、そんな人は途中からついていけなくなっているか、何も考えずただ流されるように読んでしまった人だろう。奴は自分の意志でそれを決定したことが書かれているのだ。つまり物語後半で普通に考えれば退くべき敵に、自分の意志で闘いを挑んだように。普通に生きる人は、日々ある時は抗えない当然の理であったり、ある時は言い訳であったりというようなもので、いつの間にか追い詰められ気が付けば負け犬となってしまうときもある。そしてその敵であったり壁であったりの大小強弱に関わらず、そこから立ち上がって行くには一つの強い意志が必要なのだろう。こういう普通の男がそんな自分の意志によりそれを決意したならば、それがサラリと言われたものでも、自分の人生観やなんか思い込みのストーリーの整合性とかで照らして「理解できない」などと投げ出すのではなく、「ふーん、あんまり儲からなそうだし大変そうだけど、まあ頑張れよ。お前いいやつだから、きっといい探偵になるよ。」と応援してやるべきだろう。オレはもちろん応援するよ。私立探偵Pete Fernandez。奴の物語はこうして始まるのだ。

Pete Fernandezシリーズは現在まで4作。最新作『Blackout』は今年5月に出版されたところ。第1作、この『Silent City』は最初は2013年にCodorus Pressというところから出版されたが、ちょっとそこで止まってしまっていたところ、2016年にPolis Booksへ移籍し、同年第2作『Down the Darkest Street』が発表された後は、年1作ペースで順調に出版されています。以前にも書いたけど、作者Alex Seguraは同じくPolis BooksからPIシリーズを出版するDave White、Rob Hartとは大変仲が良く、それぞれの主人公が登場する共作の短編を2作出しております。なんかこんな感じでみんなで盛り上げて売れて行こうぜ、て感じはいいっすよね。あと、なんかうまく挟むタイミングが無くて、ここでなのだけどPete Fernandez君情報をもう一つ。近年読んでるあたりのハードボイルド派にはやたら犬好きが多いのだけど、このPete君猫派。自分も飼っているうえに、Kathyの家で置き去りにされていた猫まで連れてきてしまったりする。猫好きは要チェックですよ。

作者Alex Seguraは主人公Pete Fernandezと同じくマイアミ出身で、現在はニューヨーク在住。ちょっと年齢やら詳しい経歴などの記述が無いのだが、多分30代ぐらいかな。今のところPete Fernandez以外の小説は出版されていないのだけど、コミックのライターもやっていて、あの『Archie』を手掛けています。代表作は『Archie Meets Kiss』、『Archie Meets Ramones』。他のシリーズのキャラクターが登場する共作というのは、もしかしたらコミック好きでそちらともかかわりの深いSeguraの発案かもしれないですね。Alex Seguraさんについてもっと知りたい人は、下のリンクのホームページの他に、これについては前に書いたことあるかもしれないけど、昨年第3作発表時にCrimspree Magazineのホームページに掲載されたレゴ人形での大変愉快なインタビューも必見ですよ。

Alex Seguraホームページ

Crimspree Magazine:Lego Interview With Alex Segura

■Alex Segura / Pete Fernandezシリーズ
●長編

  1. Silent City (2013)
  2. Down the Darkest Street (2016)
  3. Dangerous Ends (2017)
  4. Blackout (2018)
●短編
  1. Bad Beat: A Pete Fernandez/Ash McKenna Joint (2016) Rob Hartとの共作
  2. Shallow Grave: A Pete Fernandez/Jackson Donne Joint (2017) Dave Whiteとの共作


というわけで、なんだかずいぶん休んでしまったのだが、やっと細々ながら復活です。なんかお盆明けぐらいにちょっと体調崩し気味になり、そこに色々と規定の物やらイレギュラーの物やら用事が重なってしまいぐらいのところだったのだけど、休み続いてなし崩しに不登校モードになりかかり、このままではいかんと思いながらもなかなか動けないでいるところに、前回のCarlos Ezquerra師匠の悲しいニュース。せめて師匠にはお別れのあいさつやお礼ぐらいは書かなければ、と思い何とか立ち上がれたという次第です。前回はああいう場なので、自分のことは控えたけど、まあこんな感じでまた頑張って行こうかと。
なかなか動けないところで考えていたのは、まず最近ちょっと1回が長くなりすぎてるってこと。長くなりすぎると書き出しや序盤ついモタモタしてしまったりなど、どうも遅れる原因となる要素が多いので、これからは今回のように2回やら3回やら、10回でも分けて、できた分をなるべく早めに更新して行くこと。あと、なんか性格的にやってしまうのだけど、これこれこういう理由で遅れました、みたいのはもういいかと。別に多くの人が更新を待ってるなどと思ってるわけではないのだけど、結局はもっとちゃんとやりたいという自分への言い訳でついついどうでもいいことを延々書いてしまったりね。それほどのもんじゃねえって。書けないときは仕方ないや。とりあえずやれるときにモタモタでも続けてれば、また書けるときもあるんじゃないの。そんでたまたま見つけた人が楽しく読んでくれればいいんじゃないの。そんなもんでしょ。まあそんな感じでまた細々ってことになると思うけどまた頑張って続けて行けるのではないかと。もうなんだか、多分日本で翻訳どころか紹介すらもされないだろうな、といういい本をあまりにも読みすぎているので、少しずつでも根気よく1冊でも多く書いて行きたいと思うのです。
というわけで、次回はPolis Books特集その2、Dave White Jackson Donneシリーズ第2作『The Evil That Men Do』について、なるべく早くお届けできるよう頑張りますです。


●関連記事

Dave White / When One Man Dies -新世代ハードボイルド Jackson Donneシリーズ第1作-


■Alex Segura / Pete Fernandezシリーズ
●長編

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2018年10月24日水曜日

英国コミックの巨星、Carlos Ezquerra逝去

去る10月1日、私が常々敬愛してやまない英国コミックレジェンドの最重要人物のひとりであるCarlos Ezquerra氏が亡くなられました。享年70歳。2010年より肺癌を患い、闘病を続け、最近の経過は良好だったところでの突然の悪化ということだそうです。最後まで作品を創り続け、ちょっと私の方でまた2000AD誌を読むのが遅れていて未確認なのですが、多分本年春期のJohn Wagnerとの『Strontium Dog』が遺作となったのだろうと思います。

Carlos Ezquerraは1947年、スペインの生まれ。スペインのコミック界でキャリアを積んだ後、2000ADの最初のパブリッシャーであるIPCにヘッドハンティングされ、英国コミック界に進出。そして1976年、創刊間もない2000ADにて2号から連載開始された『Judge Dredd』で、今にも続くドレッドのキャラクターデザインをしたのが、このCarlos Ezquerraなのです。『Judge Dredd』の中でも大変多くの作画を担当していますが、その代表的なもののひとつで私がやっと追いつけたのは、ジャッジ・ドレッド・サーガの中でも最大の問題作と言っても過言ではない「The Apocalypse War」。全25話、半年間にわたるこのシリーズの作画をEzquerraは一人で担当しています。これは2000ADの中でも結構異例のことなのではないかと思います。その他にもEzquerraのドレッドの代表作としては「Necropolis」、「Origins」などがあるそうですが、当方ではまだそちらまで追いついていないので、申し訳ないのですが内容の方まではわかりません。「The Apocalypse War」については以前に「Day of Chaos」について書いた時、その原因となったエピソードとして少しだけ触れています。
そして2000ADでのもう一つの代表作がJohn Wagnerとの『Strontium Dog』。核戦争後、ミュータントとして生まれ、それが唯一の生きる手段だった賞金稼ぎStrontium Dog。スペースオペラ要素もありのSFアクション。1978年に短命に終わった2000ADの姉妹誌Starloadにて始まり、同誌休刊後は2000ADにて、他のライター、アーティストによって描かれたり、中断もありましたが、2000年代に入ってからのリバイバルではオリジナルのWagner/Ezquerraコンビにより本年春期まで描き続けられてきました。ちょっと中断しておりますが、私の2000ADレポートにも登場の際には度々紹介しております。

ここからはいつものようにCarlos Ezquerra師匠と呼ばせてもらいましょうか。なんだかんだ言っても私が師匠の作品と出会ったのはまだほんの数年前。デジタルの発達により日本からでも簡単に英国2000AD誌が読めるようになってからのこと。最初に見たのはドレッドだったかもしれないのだけど、師匠の画を強烈に意識しだしたのはやはり『Strontium Dog』だったと思います。本当に失礼ながら最初の印象は、この人あんまり上手くない、みたいなものだった思います。しかし、少し読んでいるうちになんだか妙に気になってくる。なんだこれは?なんとも形容しがたい独特のテイスト。毒を含んだユーモアなどという生易しいものではない。ユーモアの味がする毒!なんだかそんなものがページ(正確にはiPadの表面)から滲み出して来るのだ。
Carlos Ezquerraという人が、結構ベテランのアーティストだ、ということはその時点では薄々わかっていた。では一体どういう経緯を経ればこのような画にたどり着くのか?そんな思いに駆られ過去作を探ってみると、恐るべき作品群が現れる。濃縮度100%の毒に満ちたどす黒いアートの数々!なんだかあんまり「毒」とか言ってると師匠の画が悪いもの、または悪意を表現したもののように聞こえてしまいそうなのだが、ここで言ってるのはそういう意味ではなく、また単純にホラー方向のものということでもない。たとえば画を完成させる方向性として、デッサン力を背景としたリアルさ、線やタッチ、カラーなどの誰でも共感できる意味での美しさ、動きの表現などの迫力・かっこよさ、などの基本要素があり、アーティストは自分の個性の上にそれらの要素を拡げ、更に自分の表現したいものを加味して画を作り上げて行くわけです。そして師匠が表現したかったのは、激しい闘いの迫力や、その中でのキャラクターたちの強さ、誇りという基本要素であるものを拡大したものと、更により強い人間の怒りや情念、そして単純に敵役だけではなく、主人公の中にも外にもある醜さだったのではないか。これらをより強く求めた師匠の画は先に挙げた表現の基本要素の一般的に感じられる「美」の部分すらも圧倒し、それらを基準とした概念からは負の要素にも見えるどす黒い「毒」を放出し始める。ああ、これはもう「毒」だ!繰り返し言うが、師匠の画はホラー的な怖がらせ方を意図したものではなく、また読者に向けて悪意や害意を向けられたものではない。だがその画はもはや「毒」の域まで達した恐るべきどす黒い迫力を放出する。このページ食ったら死ぬんじゃないか?
前述のようにCarlos Ezquerra師匠はスペインの出身。スペインのコミックでもキャリアを積んだアーティストである。日本からはスペインのコミック状況がほとんどわからないのだけど、歴史もあり層も厚く多くの優れた作家を輩出しているのだが、出版状況が悪く、多くの優れた作家が海外に流出してしまっているということも聞く。本当に少ししか見られてないけど、アメリカのコミックで活躍するスペイン出身のアーティストも同じような「毒」方向のダークなテイストを持っているのを見たこともあり、それらはスペインコミックの歴史の中で培われてきたものもあるのかもしれない。また師匠の年齢からすると、どこかでアメリカのアンダーグラウンドコミック、ロバート・クラムらの作家から影響も受けたのかもしれない。色々な想像・推測はできるけど、どうにもスペインのコミック状況がわからんのは本当にもどかしいところであるのですが。
いかにしてそのような作風を完成させたのかはわからなくとも、その恐ろしいどす黒い迫力に満ちたアートを40年以上にわたり創り続けてきた末のこの画風に現在出会ったのである。過去の作画から現在の作画への流れ、これはもう発酵か?40年以上にわたり自己のスタイルを貫き通し描き続けたアーティストのみが到達できる境地!もはや師匠とお呼びするしかない。長年の付き合いであるJohn WagnerがEzquerraならこう描くだろうという狙いがまんまとはまったような絶妙のパネルをみつけにやつくこともしばし。その長いキャリアからするとほんの短い間でも、リアルタイムでその唯一無二のテイストのアートをを楽しませてもらえたことは本当に幸運だったと思う。なんだか私の性格の悪さや、特に文章を書いていると調子に乗ってしまうような悪い癖で、ともすると時には師匠の画を揶揄するような印象を与えてしまったことも多かったかもしれない。またしばらくは師匠の名前をスペル間違いのまま延々とコピペして使用してしまったりなど、随分と失礼の限りを尽くしてしまい本当に面目ない。しかし短い間ながら、不肖私、師匠の素晴らしいアートを心より愛し、お慕いしておりました。70歳の年齢まで一線で作品を創り続けたアートへの情熱は心底畏敬に値し、そして、亡くなるその年まで描き続けられたことは師匠にとっても幸いだったことと思います。長い間ご苦労様でした。ありがとうございました。

Carlos Ezquerra氏のご冥福を心よりお祈り申し上げます。
安らかにお休みください

2000AD公式ホームページには10月1日、Ezquerra氏の死亡記事が掲載され、氏の功績、多くの追悼の文章が綴られています。[Carlos Ezquerra 1947-2018]
また、17日には2000ADよりEzquerra氏を追悼するポッドキャストが配信され、そちらにはEzquerra氏とのコンビの作品も多いガース・エニスなど多くのコミック関係者からも追悼コメントが寄せられているそうです。[The 2000 AD Thrill-Cast: A Tribute to Carlos Ezquerra]

日本では残念ながらCarlos Ezquerra氏の『Judge Dredd』、『Strontium Dog』などのメインワークは翻訳されていませんが、ガース・エニスの『ヒットマン』や『ザ・ボーイズ』の中で少しですが作画を担当した作品を読むことができます。



●Carlos Ezquerra
■Judge Dredd / The Apocalypse War


■Strontium Dog




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2018年9月3日月曜日

2018 スプラッタパンク・アワード 受賞作品発表!

先月末8月24~26日、テキサス州オースティンにて開催されたキラーコンにて、第1回にあたる2018 スプラッタパンク・アワードの各賞受賞作が発表されました。ちょいとお盆明けからの残暑バテで遅れてしまったのだが、取り急ぎ各賞受賞作についてお知らせいたします。
まず、スプラッタパンク・アワード及び2018年度のノミネート作品についてはこちらから(2018 スプラッタパンク・アワード ノミネート作品発表!)。ちょっとこちらがいっぱいいっぱいでお知らせもできなかったのですが、春頃だったか主催者の一人Brian Keeneが詳細は不明なのだけど何かの事故で大火傷を負い、心配した有志により治療費の募金が募られるほどの事態に陥ったりしていたのですが、その後は順調に回復し、Keeneも出席し無事に発表が行われたようです。
そして第1回スプラッタパンク・アワードの栄冠を勝ち取った作品は、以下の通り!

2019 Splatterpunk Award

【長編部門】

  • WHITE TRASH GOTHIC by Edward Lee (Deadite Press)
  • CONTAINMENT by Charlee Jacob (Necro Publications)
  • EXORCIST FALLS by Jonathan Janz (Sinister Grin Press)
  • THE HEMATOPHAGES by Stephen Kozeniewski (Sinister Grin Press)
  • SPERMJACKERS FROM HELL by Christine Morgan (Deadite Press)

【中編部門】

  • HEADER 3 by Edward Lee and Ryan Harding (Necro Publications)
  • THE BIG BAD by K. Trap Jones (Necro Publications)
  • DAMN DIRTY APES by Adam Howe (Thunderstorm Books)
  • KILLER CHRONICLES by Somer Canon (Thunderstorm Books)
  • THE LUCKY ONES DIED FIRST by Jack Bantry (Deadite Press)

【短編部門】

  • “The Tipping Point” by Jeff Strand, from Everything Has Teeth (Thunderstorm Books)

  • “Dirty Desk” by Jeffrey Thomas, from Chopping Block Party (Necro Publications)
  • “Extinction Therapy” by Bracken MacLeod, from Splatterpunk Fighting Back (Splatterpunk Zine)
  • “Melvin” by Matt Shaw, from Splatterpunk Fighting Back (Splatterpunk Zine)
  • “Molly” by Glenn Rolfe, from Splatterpunk Fighting Back (Splatterpunk Zine)


【短編集部門】
  • GORILLA IN MY ROOM by Jack Ketchum (Cemetery Dance Publications)
  • 2017: A YEAR OF HORROR AND PAIN, PART ONE by Matt Shaw (Amazon Digital Services)
  • EVERYTHING HAS TEETH by Jeff Strand (Thunderstorm Books)
  • THE GARDEN OF DELIGHT by Alessandro Manzetti (Comet Press)

【アンソロジー部門】

  • SPLATTERPUNK FIGHTING BACK, edited by Jack Bantry and Kit Power (Splatterpunk Zine)
  • CHOPPING BLOCK PARTY, edited by Brendan Deneen and David G. Barnett (Necro Publications)
  • DOA III, edited by Marc Ciccarone and Andrea Dawn (Blood Bound Books)
  • VS:X: U.S. VS U.K. EXTREME HORROR, edited by Dawn Cano (Shadow Work Publishing)
  • YEAR’S BEST HARDCORE HORROR VOLUME 2, edited by Randy Chandler and Cheryl Mullenax (Comet Press)

【J.F. GONZALEZ LIFETIME ACHIEVEMENT AWARD】

  • David J. Schow
というわけで、まずはこのジャンルでは大御所になるエドワード・リーが長編(Novel)、中編(Novella)部門の2冠を達成。やっぱりエドワード・リーって偉大なのですね。中編の『HEADER 3』は原案ぐらいのところなのかもしれないけど。その他、短編部門がジェフ・ストランド、短編集部門が故大ジャック・ケッチャム先生と、終わってみると日本でも少なくともアンソロジーや共作みたいなところで名前だけでもわかるあたりが並びました。
第1回スプラッタパンク・アワード、果たしてどのくらいの盛り上がりや手応えがあったのかは不明ですが、今後も第2回、3回と長く続きこのジャンルの盛り上げに貢献していってもらいたいものですね。ホラーと一口に言っても、吸血鬼ものだったり、悪魔とかの宗教ジャンルだったり、ゴーストものだったりがメインストリームで、やっぱりその辺のファンからはちょっと見下されているというのがこのスプラッタパンクというところなのではないかなと思います。まあアメリカでどうかはわからないけど、日本国内的な見方ではそのあたりではないのかな。日本国内的にミステリ内におけるハードボイルド/ノワールジャンルに近いポジションでもあり、そっちのファンである私としてはそういう意味でも余計に親近感がわき、応援せねばと思うジャンルであります。まあそんなこと置いといても、こっちに近いいい作家も多いわけだしね。どうにも力不足にもほどがありすぎぐらいのレベルですが、何とか草の根的にでもできる限りこのジャンルも応援して行きたいと思っております。とりあえず、せっかく決定した受賞作、なるべく早い機会にできるだけ読んでいきたいと思うところです。まず長編部門エドワード・リー『WHITE TRASH GOTHIC』については、今読んでる本読み終わったら次に読んで、なるべく早く書く予定。なんだけど中編の『HEADER 3』がな。まだ『2』を読んどらんのだよね…。いや、ずーっと読もうと思ってたのだけど。そんなわけで、それだけはまだしばらく先になるとは思いますが、短編やらアンソロジーについてもなるべく早く読みたいもんだなあ、とは思っています。とまあ、毎度おなじみのとにかく読みたいんだよなあモードになってきた辺りで、今回はこの辺で。心ある人はこのやる気満々のスプラッタパンクジャンルを一人でも多く応援してやってくれよう、というところです。
今回は、アマゾンへのリストは省略させてもらいましたが、一応受賞作については画像からアマゾンのKindle版商品ページに行けるリンクはついています。ただ、ノミネートのお知らせ時にも書いたようにケッチャム『GORILLA IN MY ROOM』だけは限定版出版で、Kindle版はなく、プリント版も日本のアマゾンからは購入できないのでリンクはありません。その他のノミネート作品については、ノミネートのお知らせの回にリンクのリストがあります。


●関連記事

2018 スプラッタパンク・アワード ノミネート作品発表!

Header -Hump! エドワード・リーの残虐バイオレンスホラー-

Header : Unrated Version - 『Header』映画版 -


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2018年8月16日木曜日

Image Comics 最近の注目作

…えーと…おいっ!遂に「…」始まりかよっ?いやまあ今回もまた言い訳から始まってしまうのですが、これがまたひとえに私の怠慢ゆえにあまりにもグダグダで…。今回の「Image Comics 最近の注目作」、実は5月GWあたりに思い付いたやつだったんじゃないかと。なんか「最近の作品」みたいなものを全然紹介できてないし、読めてもいないよな~、などと考えていたところに、ComixologyでImage Comicsのアイズナー賞ノミネートセールが!こっからいくつか選んで紹介すれば、最近の注目作ってやつができるんじゃないかな、と思いつき3作をセレクト。特に基準などなく、日本でも翻訳の出てる『モンストレス』(ベスト・コンティニューイング・シリーズ、他受賞)や前にやった『Bitch Planet』あたりを除いたって感じで、前々からもっとやらなければ、と思っていたJeff Lemire作も含む結構いいのが選べたんじゃないかと。で、その3作について感想なぞを書いてみて、この中から何か賞を取るのが出るでしょうか、楽しみですね、みたいに終わるはずだったのだが…、もうSDCCもアイズナー賞も終わっちゃったじゃん…。もうひたすら私の怠慢の結果で、なんかルーター壊れたのも夏風邪で39度熱出したのもそれに勘定しちゃっていいよ、ぐらいの気分であります。しかしまあ、最初のコンセプト通りとはいかなくなってしまったものの、やるのに意味がないとは思わないので、気を取り直し頑張って行きます。なんだか最初のコンセプトを外すと、ますますまとまりのない感じにはなるのだけど、前から時々思い出したように言ってるように、これだけの量のあるものに対しては、ある程度量なり数なりでいくらか形が見えてくるようなものなので、その辺の量なり数なりの一部になるようにとの思いで頑張ってみるものであります。

Royal City 1: Next of Kin / Jeff Lemire

というわけでまずこれからやります。今や出す作品には必ず注目の集まる、現代アメリカ・コミックの最重要作家の一人となっているJeff Lemireの作品。

これはアメリカの、かつては栄え、今は衰退への道をたどる工業の町Royal Cityとそこに住むある家族の物語である。

深夜。老Peterは眠れず、ベッドから抜け出し自宅の庭の納屋へと向かう。そこには彼のコレクションである古いラジオたちが彼を待っている。ドライバーを手に、その一つをいじり始めるPeter。やがてラジオからはか細いノイズが流れ始める。そして、その奥に聞き覚えのある声が…?「とう…さん…?…」「Tommyなのか?」そして、Peterはその場に倒れる…。

脳卒中で倒れたPeterは、病院へ搬送され昏睡状態を続ける。
ベッドの前には長年連れ添った妻Patriciaが、夫の回復を願い祈り続ける。決して仲の良かった夫婦ではなく、夫が倒れる少し前にも口論したばかりだ。しかしPatriciaは祈り続ける。
知らせを受け、長男Patrickは車で帰郷する。小説家である彼は、西海岸で女優の妻とともに暮らしている。デビュー作の小説がベストセラーになったが、2作目は不振。現在はなかなかはかどらない3作目の小説の締め切りに追われながら、故郷へ戻るPatrick。
長女Taraは地元Royal Cityで不動産・土地開発業を営んでいる。現在彼女が取り組んでいるのは、かつては町の主幹産業だった工業地帯を閉鎖しそこにコンドミニアムを誘致建設する計画である。父が入院中の病院へ向かう前に、彼女はやっとアポイントメントを取れた市長との事業計画ミーティングへ出席している。結婚はしているが、夫は閉鎖される工場に勤めており、夫婦仲は険悪になり、現在は別居中となっている。
次男Richardは父が危篤状態にあることをまだ知らない。酒とドラッグに溺れ自堕落な生活を送るRichard。Taraの夫と同じ工場に勤めてはいるが、あまりまともに仕事には出てこない。ギャングからの借金が焦げ付き、早急に金を工面しなければならない。父の心配などその後だ。

以上が意識不明のまま眠る老Peterを取り巻くPike家の面々。彼らの目を通して、家族、そして彼らの住むRoyal Cityが語られる。

そしてこの物語には、更にもう一人、重要な登場人物がいる。

老Peterが倒れる直前、ラジオのノイズの中から聞いた声、Tommy。
妻Patriciaは昏睡状態の夫のベッドの横で、若い神父と祈り続ける。神父の名はTommy。
長女Taraは夫と別居中の家に帰り、待っていた小さな男の子に笑顔で今日一日の出来事を語る。彼女はその男の子にTommyと呼びかける。
次男Richardと行動を共にする、同様に荒んだ身なりの"相棒"。不意に姿を消したり、またひょっこり現れる彼をRichardはTommyと呼ぶ。

これらのTommyは実はすべて同一人物。今は現実には存在しないPike家のもう一人の息子である。彼らはそれぞれ自分が望む形のTommyと会話し、暮らし続けている。Tommyが既に亡くなっていることは語られるが、それがどういう形でいつだったかは、物語のこの時点では明らかにされていない。もうお気づきの人もいるかと思うが、カバーに描かれているのはすべてこのTommyたちである。

そして長男Patrick。久しぶりに帰郷した彼も、町に入ったところでTommyと再会する。不意に現れ、車の前を横切って行ったティーンエイジャーのTommyを追い、Patrickは河原へ降りる…。物語が進むにつれ、彼のベストセラーとなった小説にはTommyが深く関わっており、そしてそのために新たな小説が難航していることも断片的に語られ始める…。


かの名作『Essex County』以来久々にJeff Lemireが本格的に「家族」テーマに取り組んだ作品。ちょっと自分のあまりの怠慢故、全く紹介どころかほとんど読めていなかったりするのだけど、その後Jeff Lemireには結構な量の作品があるのだが、本格的に「家族」とその暮らす土地がテーマとなるのはそれ以来らしい。と言っても彼の出世作の一つであるDCの『Animal Man』でも家族の物語が一つの重要な軸となっていたように、常にそれを自分の中の中心テーマとして持っているJeff Lemire。そんな彼が久々にそれがメインテーマとなる作品を手掛けたとなれば注目作となるのは当然のところでしょう。
Jeff Lemireという作家の手法の一つとして、コミック/マンガならではの表現を確信犯的に使うというものがあります。以前『Essex County』について書いた時にはあまりにも未熟かつ言葉足らずでちゃんと説明できていなかった辺りのことなのですが、『Essex County』という物語の中で、ある時点で物語上では本当には起こっていないエピソードが全く何の説明もなくそれまでのストーリーにそのまま接続する形で挟まれる部分があります。読んでいる側はそれまでのストーリーの続きのままそのエピソードに入って行き、読んでいる途中でこれは物語の中で現実に起こったことではないのだ、と気付くのですが、それは一切説明のないままそのエピソードは終わりを迎え、そしてそこからもたらされるものが大変深い感動を呼ぶのです。いや読んだ人ならわかるっしょ。私が言ってるのはあのシーンだよ。あれは本当にナミダ物だよねえ。Jeff Lemireは意図的にこれがキャラクターの一人の頭の中で起きた出来事だという階層分けをせず、そのままストーリーとつなげることでコミック/マンガという形式ならでは可能な素晴らしい効果を生み出しているのです。つまりコミック/マンガの中ではあるシーンがいかにそれまでのストーリーと矛盾していても、描かれてしまえば全く説明はつかなくともその形で存在しうるということ。通常なら物語を語る上での失敗・欠陥となるような手法を確信犯的に使い恐るべき感動のシーンを作ったJeff Lemireという人は本当に天才だと思いました。
そしてこの『Royal City』におけるTommyもJeff Lemireならではのコミック/マンガ的な仕掛けです。このTommyたちがPike家の人々それぞれの幻想であるのか、幽霊であるのかの区別は描かれません。しかし画の中のこういう形で描かれることによりTommyはそのような説明の曖昧なまま物語の中に存在し、そして物語を動かして行くことになります。TPB1巻の時点ではまだ家族それぞれのエピソードはバラバラに動き始めたばかりですが、いずれはそれらが縒り合され、また『Essex County』のような深い感動を呼ぶ作品となることを期待しています。
こちらの作品は2018年アイズナー賞Best New Series部門にノミネートされました。ちなみに受賞作となったのはMarvelのSaladin AhmedとChristian Wardによる『Black Bolt』。なんだか思い出したように時々言ってるけど、このJeff Lemireと盟友Matt Kindt(彼の作品も2018年アイズナー賞に複数ノミネートあり)については現代のアメリカのコミックの中でもとにかく語るとか紹介するとか以前に全作品を読まなければならない作家だと思っているのですよね。何とかもっと力を入れなるべく早くまた登場できるよう努力いたします。あと、繰り返しになりますが、以前の『Essex County』については本当に書き足りないことばかりでなんとも困ったものなのですが、こちらは本当に優れた、本国でも名作の評価の固まっている作品であり、なるべく多くの人に読んでもらいたいと願うものです。滅多にそういうことは言わん私なのですが、これはどっかが翻訳してくれんものかな、と時々思う作品であります。どっか頼むよ、ホントに。

Jeff Lemireホームページ

Extremity Vol. 1: Artist / Daniel Warren Johnson

こちらは新鋭Daniel Warren Johnsonによる、ジャンルはSFアクションとゆーとこかな。

かつて一族は平和に暮らしていた。族長Jeromeの許。そしてその娘Theaは画才に恵まれ、彼女の描く美しい動物や風景は一族に喜びと癒しを与えていた。
あの日までは…。

奴等、Pazninaは突然襲い掛かり、すべてを破壊し、奪い去った。
母は惨殺され、そして一族の宝だった美しい絵を創り出すTheaの右腕は失われた。そして彼らの城は奪われ、荒野に放り出された…。

だが復讐の時は来た。奴等、Pazninaから奪われたものを奪い返し、そして奴等を破壊するのだ。すべてのPazninaが消え去るまでこの戦いは終わらない。族長Jeromeと彼に従う勇猛な戦士たちが、そして奪われた右腕を復讐の凶器に変えたTheaとその弟Rolloが、報復の闘いへと臨んで行く…。

彼らの住む世界。空中に浮かぶ島のようなそれほど広くない土地に人々は暮らしている。地面ははるか下で目にすることはない。古代のある時点で地面が空中に浮きあがったと伝えられているが、それがいつでどういう理由によるものかはもはやわからなくなっている。空中の島同士の移動には様々な大きさの飛行艇が使われるが、翼のないそれらがどうやって飛行しているのかはわからない。物理法則自体が違うのかもしれない。見た目は人間と同じで、遥か昔に失われた文明のテクノロジーを見つけ、利用しているのだが、これが地球の超未来なのかということは、今のところ不明、それらが結末までに明らかにされるものなのかも不明というところ。


「ジブリ+マッドマックス」というのがこの作品の紹介に書かれていた謳い文句。ジブリ=宮崎駿からの強い影響は感じられるのだけど、闘いはかなり容赦なくハード。
主人公である少女Theaは一人乗り飛行艇を駆り、常に最前線で果敢に戦い、時には残虐な報復にも手を染める。だが、一人の時には残された左手でかつてのような絵を取り戻せないかと苦闘し、涙を流すシーンもたびたび見られる。失われたものの大きさから、常に非情であろうと努めるが、そうなり切れない本来の優しさ、弱さが度々顔をのぞかせる。
弟Rolloは家族のため、部族のため戦場に赴くが、明らかに闘いに向いた人間ではない。そのため度々部族長である父からは叱責されるが、姉であるTheaは彼を責めるようなことはしない。彼の気持ちは、本当は彼女自身の気持ちでもあるからだ。メカニック技術に長けた彼は、打ち捨てられていた過去のテクノロジーの産物である戦闘ロボットを修理し、心を通わせるようになる。
そしてその父Jerome。復讐に燃え、また部族を率いる責任から、常に敵に非情に立ち向かい、ためらう自分の子供たちに向かっても拳を振り上げるときもある。だが、彼は決して理解不能な人物ではない。彼の怒り、悲しみ、そして時にはその背負ったものからくる痛みも読む者に一つの重みとなって伝わってくる。

文明が崩壊し、変わり果てた世界での少年少女の闘い・冒険が宮崎駿で、非情で時には残虐でもある戦闘がマッドマックス、とかいうのはいささか単純すぎる分類解釈になるだろう。様々な憎悪、痛み、悲しみというのもむしろいつか宮崎駿映画で観たものを感じる方が強い気がする。なんか宮崎駿絶賛信者とかに会うとうぜえと思ってしまう私だけど、決して宮崎駿を嫌いなわけではないのだよ。何でもかんでも『カリオストロの城』というやつを緩めに巻いた新聞ぐらいの強度のものでひっぱたきたくなったりしてもだ。なかなかに読み応えのある作品です。特に何でもかんでも信者ぐらいじゃない温度の宮崎駿ファンは読む価値絶対にあり。
こちらの作品は2018年アイズナー賞Best Limited Series部門にノミネート。設定とか結構大掛かりで大作感あるのだけど、リミテッド・シリーズということは最初からあまり長くならない構想なのかな。ちなみに今年のBest Limited Series部門はやはりMarvelのRoxane Gay、Ta-Nehisi Coates、Alitha E. Martinezによる『Black Panther: World of Wakanda』。なんかこう書くとMarvelばっかり取ってるように見えるかもしれないけど、実はこの2つだけなのだけど。それにしてもインヒューマンとかどこから読めばいいの?って感じだし最近のMarvel全然把握できとらん…。ごめん。
作者Daniel Warren Johnsonは、2012年頃からあちこちでペンシラー、カラーリストなどとして活動を重ねてきたが、2016年からウェブ・コミックとして始めた『Space-Mullet!』(現在Dark Horseよりグラフィック・ノベルとして発行)が注目を浴び、頭角を現してきてImageからのこの作品という今後期待の新鋭作家であります。

Daniel Warren Johnsonホームページ

Space-Mullet!

Rock Candy Mountain 1 / Kyle Starks

最後はこちら。色々説明すべきところあるんですが、とりあえずまずはあらすじから。

1948年。ハリウッドの夢破れ、落ちぶれホーボーとなったHollywood Slimは、飛び乗った列車の貨物室で奇妙なホーボーJacksonと出会い、意気投合する。放浪するJacksonの目的が有名な歌にも歌われたホーボーのパラダイス、ロック・キャンディ・マウンテンを捜すことと聞き、イカレた奴と思いつつ、SlimはトラブルメーカーJacksonの冒険に巻き込まれて行く…。

3話ぐらいで明らかにされるので、ちょいとネタバレになってしまうのだが、このJacksonという男、悪魔との契約で1対1の戦闘なら絶対に負けない、という能力を手に入れている。だが、その期限も過ぎ、魂の取り立てに現れた悪魔にも追われているという状況。ホーボーのボスからも恨みを買いつつ、地下闘技場から刑務所までを回り頼りになるロック・キャンディ・マウンテン探索の仲間を集めるというのがTPB第1巻のあらすじです。
ロック・キャンディ・マウンテンを歌った歌というのは「Big Rock Candy Mountain」というやつで、最初にレコーディングされたのが1928年Harry McClintockという人によるものですが、それ以前より歌い継がれてきたものということらしい。映画『オー・ブラザー!』にも使われているそうなのですが、まだ観てません。コーエン兄弟結構観てるんだけど…。私もこれを読んで調べて初めて知って、ちょっと日本語で解説してるところはなかなか見つからなかったのだけど、アメリカでは誰でも知ってる歌に出てくる架空のパラダイスということでしょう。


ホーボーということで、おそらく日本で一番お馴染みなのはかの有名な映画『北国の帝王』。リー・マーヴィン、アーネスト・ボーグナインの2大スター共演!今どきの流行りっぽくダブル主演とか言っとく?そして上の画像をご覧ください。列車を追っかけるメガネのHollywood Slimを助けるのがJackson。このJackson、どー見たってかのスティーブ・マックイーンだろ!くわー、マックイーンのホーボー映画なんて絶対観たかったよう!そうなればこんなコミック、絶対好き!おススメ!以外の選択ありえねーだろう!ちょいとカートゥーン的なタッチの軽快、と思ってると結構エグイのも出てきたりする快作!そりゃーおススメ以外ないだろ。
こちらの作品は2018年アイズナー賞Best Humor Publication部門にノミネート。受賞したのはDrawn & QuarterlyのTom Gauld『Baking with Kafka』。アメリカ、オルタナティブ・コミック系の雄、Drawn & Quarterlyについても色々読んで語らなければと思うばかり。昨年は日本の横山裕一『Iceland』を出版。今年のラインナップにはバロン吉元も!

Kyle Starksも2010年代からのまだ新しい作家。これ以前にはやはりImage Comicsからのアイズナー賞にもノミネートされた『SexCastle』があります。その他、グレッグ・ルッカ『Queen & Country』などでもお馴染みのOni Pressからもアニメ『Rick and Morty』のコミカライズ版やオリジナル作『Kill Them All』なども出しています。彼のウェブサイト「Robot Mountain」では色々なウェブ・コミックも読むことができます。

Kyle StarksホームページRobot Mountain

というわけで、結果も出た後で少々間抜けな感じになってしまいましたが、Image Comics 最近の注目作、アイズナー賞ノミネートの3作品についてお送りしました。ついでなのでその他アイズナー賞についても少々。まず最初に書いたように、日本でも翻訳のある『Monstress』がBest Continuing Series他受賞。そして昨年最大の話題作FantagraphicsからのEmil Ferris『My Favorite Thing Is Monsters』がBest Graphic Album。ティリー・ウォルデンの『スピン』がBest Reality-Based Work。オクティヴィア・E・バトラーの『キンドレッド: きずなの招喚』をコミカライズしたAbrams ComicArtsからの『Kindred』がBest Adaptation from Another Medium。そして日本からは田亀 源五郎『弟の夫』がBest U.S. Edition of International Material—Asia受賞の快挙!とまあ自分的に目に付くところはこんなところでしょうか。
なんだかまあ、結局時間もかかっちまったわけなのだけど、とりあえず現行こんな感じでいくつかの作品まとめて、という感じでやって行くのがいいのではないかな、と思ったりしています。なんかテーマ決めてとかね。なんだか夏バテで書けない日もあったりとか、時間もかかったりするけど、何とかできたか。あんまり言い訳ばかりに時間使っとらんで頑張らないとね。なんか書き足らんこともあるような気もするけど、今回はここまでで。また頑張りますです。
あと、下のリストについては、アメリカのコミックってどうも作家でまとめにくいところあって、とりあえずオリジナル作品を中心に、私的に重要と思うあたりをピックアップしてるというところです。色々抜けとかあったらごめんね。



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Essex County -Jeff Lemireの感動作-

●Jeff Lemire











●Daniel Warren Johnson



●Kyle Starks




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2018年7月22日日曜日

デストロイヤー#12 / 奴隷サファリ(仮)

遂に始まりました!デストロイヤー未訳シリーズ!今回、記念すべき第1回はその12巻『The Destroyer/Slave Safari』であります!え?何それって?前からずっと言ってるだろうが!…あ、ずっとじゃなくて時々思い出したようにかもしれんし、ここしばらくは音沙汰なかったかもしれんが…。とにかく以前から…いや、ずっと前に言ったようにこのデストロイヤー・シリーズ全巻読破は私のライフワーク!んーと、確か全百五十何巻か…。そして、モタモタながらも日本で翻訳の出ている11巻までをやっと英版で読み終わり、遂に未踏の12巻へ至ったのである!えーと、よくわかんないという人は前に書いた[デストロイヤー再発見!]ってのをとりあえず読んでくれよ。その後バラバラ書いたこととかあとで捕捉すっから。とにかくこれは私にとってなんとしてもやらねばならないことなのです。そうはいってももういつまでもBarney Thomson放っとけんし、てきぱき終わらせてこれをサッと書く!…予定だったのだけど…みんな私が悪いのです、すみません。ホントは早くコミックのことも書かなきゃなんないんだけど、なるべく手短に終わらせてすぐにそっちかかりますんで勘弁してください。あっ、でもそっちの人はずっとこれを待っててくれたんだよねえ。そういう人もいることにする。というわけでThe Destroyer第12巻『Slave Safari』の始まりでーす。

【あらすじ】
東アフリカの小国Busati。最近イギリスの植民地から独立したばかりで、国内にはまだ混乱が続く。現在この地を治めるのはHausa族の大統領兼将軍Dada "Big Daddy" Obode。強力な軍への影響力を背景に独裁政権を打ち立てている。
太古の昔、この地はある勇猛な部族により統治されていた。その名はLoni族。だが、長い歴史の中で衰弱し、現在は少人数が山間部のコロニーで、圧倒的なHausa族を恐れながらひっそりと暮らしている。

アメリカの旧家出身の学者James Forsythe Lippincottは研究のため、この地Busatiに滞在していた。本国では進歩的な人物であり、人種差別を嫌悪する彼だったが、国が変わればその地の習慣に従わねばならない。不便なホテルでサービスの行き届かないボーイを罵り、容赦なく鞭打つ。折檻を恐れたボーイが、彼にある秘密を話す。軍の高官だけが入ることを許される秘密の娼館がある。しかも、そこにいるのは白人の女ばかりだ、というのだ。
好奇心と欲望に駆られ、その娼館を訪れたLippincott。知り合いの高官の名を使い、入り込む。案内された部屋では性奴隷にされた白人女が縛られ、鞭打ちを待っていた。そしてそれはアメリカで死亡したはずの一族の姪に当たる女性Cynthiaだった!?

アメリカの女性がなぜ遠いアフリカの地で性奴隷に?そこにはある男のある一族への復讐があった。そして彼の真の目的は何なのか?
アメリカの法が届かず、政治的にも動くことの敵わないアフリカの新興国。奪われた女性たちを救うべく、ハロルド W スミスはレモを当地へと送り込む!
そして、シナンジュの長チウンとLoni族の間には、遥かな古代からいまだに遂行されぬままになっているシナンジュの”契約”があった…。

本作の発行は1973年。時はウォーターゲート事件の真っただ中。冒頭、レモは大変な苦境に陥っている。と言っても、レモがアメリカ大統領直属の秘密機関CUREの工作員であるという理由からではない。加熱する報道合戦の結果、チウン師匠が心より愛すアメリカ唯一の芸術、数々のソープ・オペラがことごとく放送休止となり、師匠の怒りがレモへの過酷な鍛錬という結果をもたらしているからであった。
ネタバレ臭くなっちまうのだが、ちょっと思い出したのはアメリカで昔TVシリーズにもなり大ヒットした『ルーツ』。原作は読んでないのだけど、アフリカ系アメリカ人の作者が自分のルーツをたどりアフリカまでたどり着く感動の実話である。時代的に近いんでその影響で書かれた話なんかな、と思って調べてみたら、『ルーツ』が1976年で、これはそれより少し早くて1973年。ブームの便乗作でないことは確認できたけど、きっとこういうところに目が向いてた時代だったのだろうなと思う。細かいところはよくわからないけど、多分『ルーツ』っていうのも時代の機運みたいなものに乗って登場し、ヒットしたのだろうな、と思ったりしました。

というわけで遂に始まりましたデストロイヤー未訳シリーズであります!日本で翻訳されなくても、レモもチウン師匠もスミスも、相変わらずの活躍や活躍を見せてくれる本当に素晴らしいシリーズです。なんか事あるたびに思い出してはいたのだけど、なかなか実際には読めずというのも長く、こんなに手軽に読める時代が来たのは本当に喜ばしい限りです。今後はこんな感じでとにかく読み終わったら、色々遅れてても順番無視で楽しみにしてる人がいようがいまいが強引に登場してくる予定ですので、皆諦めて楽しみにしろ!
そして邦題について。このシリーズ日本版では毎巻独自のダサかっこ悪いパルプっぽいタイトルが付けられていて、それも含め愛している私といたしましては、せっかくやるならシリーズ全ての作品にそんなダサかっこ悪いタイトルを付けたいという思いがあり、この第1回より敢行することにいたしました。今作の邦題は『デストロイヤー#12 / 奴隷サファリ(仮)』!…原題まんまじゃん…。いや、今回は勘弁してくれ…。あんまいいの思いつかなかった…。ほら、本家も結構失敗あるじゃん、『トラック野郎』とか『ハイジャック=テロ集団』とかさあ…。次からはもっと努力するっす…。そしていつの日かみんなうわっと引くぐらいのすげーダサかっこ悪いタイトルを並べて見せるっす。ちなみに本シリーズの日本版版元はかの東京創元社。日本版最終15巻が出たのが1989年ということで既に4半世紀以上経っていますが、相手はあの東京創元社!続刊が絶対に出ないとは言い切れないため(仮)を入れておくことにしました。
それから[デストロイヤー再発見!]の後の補足。これを書いた時はよくわかってなかったGere Donovan Press版とSphere版について、その後どっかで書いたのだけどもう自分でも見つからないので書いときます。とりあえずそこまで戻ると、まずその後Gere Donovan Press版は再び日本からもKindle版の購入は可能になっているということ。そして単純に両者の違いを言えばGere Donovan Pressのがアメリカ版で、Sphereのがイギリス版。アマゾンで検索すると米版Gere Donovan Pressのが先に出ると思うのだけど、かなり巻には抜けがある。とりあえずその事情は日本からだけなのかもしれないけど、Gere Donovan PressはBarnes & Nobleの方での販売に力を入れているところもあるので、Kindleでの状況が改善される見込みは薄いと思われ、日本からKindleで読むなら英Sphere版がおススメですよー、ぐらいのことだったと思います。
ほらね、割と早く終わったっしょ。こん位でやるからさあ、見逃してくれよう。なぜそこまで後ろ向き…。いや、まだ自分の他にもデストロイヤーを深く愛する人たちもいると信じ、また続けて行きますのでお楽しみにねー。あと、シリーズのリストは今回は15巻まで。順次増やして行きまーす。

■デストロイヤー・シリーズ

  1. Created, The Destroyer (1971) デストロイヤーの誕生
  2. Death Check (1972) 死のチェックメイト
  3. Chinese Puzzle (1972) 劉将軍は消えた
  4. Mafia Fix (1972) 国際麻薬組織
  5. Dr. Quake (1972) 直下型大地震
  6. Death Therapy (1972) アメリカ売ります
  7. Union Bust (1973) トラック野郎
  8. Summit Chase (1973) ネメロフ男爵の陰謀
  9. Murder's Shield (1973) 殺人狂警官
  10. Terror Squad (1973) ハイジャック=テロ集団
  11. Kill or CURE (1973) マイアミの首領(ドン)
  12. Slave Safari (1973) 奴隷サファリ(仮)
  13. Acid Rock (1973)
  14. Judgment Day (1974)
  15. Murder Ward (1974)
【おまけ】
何?お前まだなんかやんの?いやさ、これ、ビル・ビバリー『東の果て、夜へ』なんだけど、諸般の状況でちょっと読むタイミングを逸しているうちに、そこそこの評価も付いてとりあえず急がんでもいいか、と先延ばしにしてやっと先日、マッキンティ先輩の次ぐらいに読み終わったのですが、まあ当然ながらあまりにも素晴らしく、今更だと後出しじゃんけん臭くなるしやめとこうとは一旦は思ったのですが、やっぱりこんだけの大傑作のせっかくの翻訳なのだし、やっぱ参加しときたいということで少し書くことにしました。いや、ホント少しだけだからさ。じゃあ、後出ししちゃうぞー!
まず最初に指摘しときたいのが、この小説のスタイル。これは3人称の形だが、一切主人公イーストの視点から離れることなく書かれている。そして内容的にも、かなり一人称に近いぐらいのイーストの視点のみによって書かれている。ここんところを押さえとかんと色々見誤ることがあるのでまず最初に言っとく。
主人公15歳のイースト少年は見張りである。何のために見張るのか?それは守るためである。これはL.A.の犯罪地帯”ザ・ボクシズ”での彼の仕事だが、同時に彼の本能でもある。何のために見張り、守るのか?それは誰も守ってくれなかった自分の人生への代償のために。奴は自分の世界を見張り、守り続けるのだ。
そして、小説の冒頭、彼の仕事である麻薬販売システムの「家」は突然の強制捜査により崩壊する。そして彼に与えられた新たな任務は「組織」を守るため車で北米大陸を二千マイル横断しある人物を暗殺しに行くというものだった。イーストは彼自身の世界の中心である「組織」、そして組織での自分のポジションを守るという意思でこのミッションに臨む。
暗殺チームに任命されたのは、イーストを含む4人。中で一番の要注意人物は、イーストの腹違いの弟タイだ。主人公イーストは実は本人も意識しないまま、このタイを深く憎悪し、恐怖している。彼はイーストの本能的敵対者だからだ。「守護者」であるイーストに対しタイは「破壊者」。自分の居場所を作るため周りの世界を容赦なく破壊する。それゆえイーストはタイを深く憎悪し、恐怖する。このイーストの視点により描かれた物語の中では、すべてがイーストの目を通した姿であり、イースト自身の感情の鏡となる。ゆえに読者である我々の目にはタイという人物がなかなか見えてこない。逆にそのフィルターを取ってタイという人物を見てみると、実は彼の側はイーストに憎悪というような感情は少なくともイーストのそれに比べれば、希薄だ。もちろん年長者であったり兄という尊敬などはないが、彼はイーストのこのチームの中におけるポジションを理解し、認めている部分もある。そしてもしかすると数少ない肉親という感情も少しはあるのかもしれない。
残る二人、マイケル・ウィルソンとウィリーはイーストよりも年長者だ。彼らの行動は常にイースト自身の守るべき世界とどう抵触するかで評価される形で現れる。最年長者マイケル・ウィルソンは常にチームの主導権を取ろうとする行動を繰り返し、やがてそれはチーム、及びミッションを危機に陥れる。だが、その危機はイーストがこのチームのリーダーであることにより回避される。この作品の”変形一人称”ともいうべきスタイルにより、イーストの不安、弱さが前面に押し出されるため見えにくくなっているが、このチームのリーダーはイーストである。それは彼が「守護者」であり、ミッションを完遂させるには不可欠の一貫した意志を持つ人物だからだ。それはマイケル・ウィルソンすらも内心認めているものであり、それゆえに彼は「脱線」した行動によりある種の主導権を握ろうと試みる。そしてその事実により(最後に明らかにされる”真相”もあるが)、イーストは守られ、この人間関係ではマイケル・ウィルソンの側につくことも普通に想定されるウィリーも残り、チームは辛うじて維持される。
ウィリーのポジションも重要だ。最初は典型的なデブのオタクとして登場するが、イーストが追い詰められ、疲弊するほどにその頼もしさは増して行く。最後に”真相”が明かされ、彼の重要性が示されるが、この物語を読んだ人の中では、このあまりにも孤独な主人公へ向けた友情により、その事実より遥かにかけがえのない人間として残ることだろう。誰でも一度は人生のどん底に思えるときにウィリーに出会ってるんじゃねーの?なんか色んな人の顔が浮かんできて涙出そう。
そして旅が東へと進み、テリトリーを遠く離れ、そして「任務」が現実の形を取り始めるにつれ、イーストの守り続けた彼の世界は徐々に崩れ始める。その前に彼は無力であり、成す術もなく崩壊は進み、やがて彼自身の存在理由であった、彼が守り続けてきた彼の世界は死を迎える…。
しかし、イーストはまだ若い。15歳の少年なのだ。こんなところで死を迎えることは許されない。そして、彼の再生の物語が語られる。
見ず知らずの地で、彼は再び見張り、守り、そしてささやかな自分の居場所、自分の世界を作り上げて行く。しかし、それはもう彼自身も気付いているように、かりそめのものであり、彼にしばしの休息を与えた後、終わりを告げる。
だが、彼はもうテリトリーの周りだけを飛び続ける鳥ではない。遥かな遠くまでどこまでも飛ぶことができ、その羽を休めるところにどこでも自分の居場所を作れることを知っている。そしてその翼だけが行く先を知っているのさ。

なんかさあ、こんなくどくどした解説なんかなくたってさあ、こんなあまりにも美しい小説のあまりにも孤独で傷ついた魂の一挙手一投足に胸打たれないで、よくわからんとぶん投げたり違うジャンルに無理やり当てはめてこき下ろしてる人ってそもそもいったい何のために本読んでるの?って思っちゃうよ。あとさあ、これだけは言っとかんとならんと思うのはこの本の解説。まあ内容に関してはさほど面白くもない優等生的まとめ解説でわざわざ絡むこともないのだけど、問題はこの解説完全に結末まで書いちゃってるってこと。これ完全なルール違反じゃん。なんで誰も文句言ってねーの?ミステリに限らずレビュー・解説の類いで結末を書かないなんて、この誰でも吠える狂犬でも守ってるぐらいの基本ルールだろ。それが本自体の解説で?察するにこの先生自分は「論文」として書くので結末を書かないわけにいかないとか主張されたか、もっと下世話な推測すりゃ、後々ご自分の本にこの文章を入れるときに中途半端な形にしたくないと考えたか。そもそもこの解説の内容結末まで書かなきゃ書けないもの?こりゃあ自分のあまり好きじゃない言い方なのだが、敢えて言わせてもらえば、我々はこの作品に対しお金を払って手に入れているのだ。翻訳者その他による簡単な解説で事足りるところにわざわざこんなルール無視のものを載っけられ、しかも我々の支払った代金の中から原稿料なんてもんが払われてると考えりゃ、「欠陥商品」ぐらいの文句は言いたくなるぜ。これは本を楽しんで読む人のための最低限の基本マナーであり、基本ルールだ!慣習云々で打破せよ、とか思ってんならよそでやってくれ。そんな基本ルールも守れないようなら、こんな仕事はするべきでないし、出版社はこのような人間に本の解説などを依頼すべきじゃない!これは至極真っ当な主張であり、抗議である!みんなそう思うっしょ?
まあまあ最後はちょっと荒れましたが、一応手短に終わったよね?ビル・ビバリー『東の果て、夜へ』。魂を震わせる大傑作ノワールです。未読の人は今すぐ読むべし!売っちゃったなどといううっかり者はただちに買い直すべし!こういう作品は絶対に歴史に残して語り継がねばならんからである!つーわけでちょっと自分の勝手でお騒がせしました。ただちに次のコミックの回に取り掛かりますですう。ではまた。



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デストロイヤー再発見!

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